話芸と知識と商業的実績のない岡田斗司夫といった所か。
結局、オタク女子=腐女子(とこの本ではなっている)は、恋愛至上主義に洗脳された「ヤンキー」とも、必死で見苦しい「負け犬」とも違うし、もちろん他人の目を気にしないはた迷惑な「アキバくん」とも違って、実のトコロもてるし既存の価値観に縛られず、しかし現実社会にも適応できている「新人類」なのだ。という主張。
しかし、わざとなのか未熟なのか、余りにもそうした「オタク女子=腐女子」への称揚があからさまな為、嫌味な褒め殺しのようにも見える。
岡田がイデオローグとして「オタク」の「新人類」ぶりをいささか大袈裟に語った背景には、「オタク」が社会的にネガティブなイメージを持たれていた事への抵抗という背景があるだろう。しかし、そもそも大きなメディアなどで語られてこなかった「腐女子」について語るに、なぜこうしたイメージをめぐる闘争を仕掛ける必要があるのか。
「他のバカな連中とは自分は違うのだ。なぜならばオタク女子だから」と主張されてはオタク女子としてもいい迷惑だろう。