ドミニカ系アメリカ人青年オスカーは太めで童貞。SFとアニメをこよなく愛するnerdだ。そんな彼と姉ロラ、移民一世の母ベリ、ドミニカに暮らす祖母ラ・インカ、そして姉の(元)恋人ユニオールたちの一筋縄ではいかない約50年の人生模様…。
数々のオタク系知識がかまびすしいほど散りばめられ、それについての多弁で夥しい数の欄外註記が付され、さらには訳者によって懇切丁寧な割注まで施される。なんとも独特の体裁をもった、饒舌な長編小説です。
しかしもちろんこの物語の眼目はオスカーの博覧強記のオタクぶりを披露することにはありません。日本人にはなじみのない、もちろん私も知識のなかった、トルヒーヨという長期に渡って独裁的権勢をふるった政治家が、その死後に至るまでもドミニカ系の彼ら登場人物たちの人生を緊縛し続ける悲劇を、独特のユーモアと、ラテンアメリカ文学のマジックリアリズム的手法で描き切ることにあります。
マングース、顔のない男、危機に襲われると車で通りかかる見ず知らずの人びと。この小説に反復して登場する数々の隠喩が指し示すものを、しかと理解できたとは言いません。マングースは希望の光、顔のない男はカリブの呪いフク、通りかかる人びとは独裁に密かにささやかな抵抗を示す民衆といったところでしょうか。親・子・孫の三代が繰り返し味わう人生の苛酷なまでの痛み、永劫回帰する悲劇の前に、人の心は生きることをあきらめてしまいがちです。
しかし訳者解説にあるように、日本のオタクとオスカーのような米国のnerdの違いは、前者と違って後者が二次元の女性ではなく三次元の女性にあたって砕ける勇気と行動力を持っていること。そのために命を賭したオスカーは、「ちゃんと生きていた」ことを感じさせてくれる男なのです。
だからこそこの小説は、とてつもない悲劇でありながら、奇妙なまでに爽やかな読後感を与えてくれるのでしょう。見事です。