内容(「BOOK」データベースより)
21世紀にうたい続ける天才シンガーの決定的自伝。島唄の最高峰が自ら語る荒唐無稽の七十年、沖縄への愛。
内容(「MARC」データベースより)
三線の早弾きとソウルフルな歌で「沖縄のジミヘン」の異名をとる島唄の名人・登川誠仁。あの「ナビィの恋」で人気のオジイが初めて語ったマイ・ウェイ。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
登川 誠仁
1932年、兵庫県に生まれる。小さい頃から沖縄の歌と三線に惹かれ、勉学そっちのけでワンパクと沖縄音楽だけの生活を送った。戦後の沖縄芝居に学び、ソロ・シンガーとなった1950年代後半からは、伝統的沖縄歌謡の筆頭格の一人に。’76年、琉球民謡協会第一回功労賞。’89年、沖縄県指定無形文化財(琉球歌劇保持者)に認定。’98年、琉球民謡協会名誉会長。’99年、映画『ナビィの恋』に出演したことにより、全国的な人気を得る
藤田 正
1953年、富山県に生まれる。『ミュージック・マガジン』編集部員、『Bad News』編集長を経て、現在はインターネットマガジン『Beats21』の編集代表。かたくなに録音をこばんできた登川誠仁との共同作業が始まったのは『Howling Wolf』(’98年)から。以後、『ナビィの恋』のテーマ曲、『Spiritual Unity』『スタンド!』を手がける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1932年、兵庫県に生まれる。小さい頃から沖縄の歌と三線に惹かれ、勉学そっちのけでワンパクと沖縄音楽だけの生活を送った。戦後の沖縄芝居に学び、ソロ・シンガーとなった1950年代後半からは、伝統的沖縄歌謡の筆頭格の一人に。’76年、琉球民謡協会第一回功労賞。’89年、沖縄県指定無形文化財(琉球歌劇保持者)に認定。’98年、琉球民謡協会名誉会長。’99年、映画『ナビィの恋』に出演したことにより、全国的な人気を得る
藤田 正
1953年、富山県に生まれる。『ミュージック・マガジン』編集部員、『Bad News』編集長を経て、現在はインターネットマガジン『Beats21』の編集代表。かたくなに録音をこばんできた登川誠仁との共同作業が始まったのは『Howling Wolf』(’98年)から。以後、『ナビィの恋』のテーマ曲、『Spiritual Unity』『スタンド!』を手がける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)