著者は川崎市の東急沿線、鷺沼とたまプラーザの間辺りにある川崎市土橋で生まれた。
土橋は今や住宅街だが、著者の家を始め、近隣は皆、昔は百姓であった。
その家々にに貼られたオオカミを象った護符。
物語はその護符の起源を調べるところから始まる。
その道筋にあったのは道ではなく川であった。
多摩川である。奥多摩から滋味豊かな清らかな水を運んでくる多摩川を遡ると
そこにあったのは御岳山(みたけさん)である。
武蔵御嶽神社こそオオカミの護符の故郷だったのだ。
日本の内陸に暮らす人は昔、皆、川と山の民であった。
一本の川筋に文化が伝わってゆく。
例えば、私はサンカを思い出す。
彼らは川沿いに、里に降りてゆきながら川漁をし、自ら作った籠や箕を購った。
例えば私は屋久島を思い出す。
屋久島はまるで日本の縮図である。
屋久島では川と、山と、集落と、浜がセットなのである。
私は愛子集落の安藤さんという土地の山岳ガイドに世話になったが、
愛子集落に住む人々が登山を欠かさず、清めているのは愛子岳。
愛子岳から集落に向かって流れ落ちる急流、海岸。
集落一つが、一つの頂き、一つの流れ、一つの浜を持っているのである。
読了後、この本の元になった映画を観る。
こちらに対してはちょっと厳しめの評である。
映像はよく撮ってあるが、まだプロの仕事になっていない。
編集にテンポとリズム感がない。
ナレーションが多すぎる。
見て分かるものは理由がない限りナレーションにすべきではない。
(映画の場合です。テレビのドキュメンタリーはまた、つくり方が違います)
ナレーションの推敲が足りない。ナレーションで
「炎天下の猛暑」などと言われると小さな傷ではあっても全体の信用を損ないかねない。