シリーズの中で一番「やられた」と思わされた巻でした。様々な角度から読める本ですが、私は隊長涼月の物語として楽しみました。
死に物狂いという言葉も空しいような努力でどん底の出自、欠けた手足といった「欠落」を埋めてきた涼月は、この巻では自身の心の奥にある「欠落」、汚物のような劣等感に向き合うことになる。
それは、過酷な練習の末に機械の手足を自在に操れるようになり、自身にとってひとまずの物理的な居場所を勝ち取っても、埋まることはない。むしろそれ故に深みと濃さを増し、彼女を飲み込み塗りつぶそうとする。彼女は機械化した自分の体を、存在を心底醜いと思う。そして美しいと思うもの、自分が「きれいだ」と感じるものを踏みつけ、貶め、憎みたくなる。でも憧れはどうしても捨てられず、燻り燃える。
大人勝りの不屈の根性で修羅場を生き抜いても、少女の秘めた心奥は赤子のように柔らかく、脆い。そこに見る見る轢き込まれた。暴力的な吸引力だった。
「なに謝ってんだよ。(…)目なんかつぶってんじゃねえ。見たってかまわねーよ」
「(…)こんなボロ雑巾みたいな体だとは思わなかったか? 実は皮膚一枚下はこんなザマだって知って、驚いたか?」
彼女は別の都市で生きるもう一人の特甲児童−彼女の感じる「美しい」を全身で体現したような少女−と関わる中で、自身の心の闇と向き合っていく。その「美しい」少女が、実は自分と最も似た者同士であり、過酷な現実にのたうっていることは、涼月にはわからない。少女は自分の中に、どんな努力でも埋められない「壁」を緻密に創造し、絶望し、憎悪する。自分の創った狭い心の檻の中を出口を求めて怯えた野獣のように疾駆する。決して手を抜かず、立ち止まらず、全速力で。
結論はなんとも陳腐、しかし、これこそ真の王道だと思う。汚物のように腐臭を放つ自身の劣等感、だが他ならぬその自分の吐寫物こそが、誰にも真似出来ない彼女の輝きの源泉でもあることを、彼女は次第に識ってゆく。そして自分の醜さも美しさも認められるようになった時、彼女の瞳から、自身に抱いていた無意識の憎悪が消える。少女は綺麗な人を物を、素直に綺麗だ、と感じるようになる。
その「自立」には、一人の男が深く関り、手助けをする。彼は飾らない言葉で、彼女の劣等感の噴出が肥溜めのように汚く「臭い」ことを告げ、同時にその肥溜めの隣には眩いほどの輝きが同居していることを、一人の大人として認める。彼の肯定も否定も、真摯であり、口先の言葉ではない。彼の人生そのものから吐き出された言葉、だからそれは少女の心に響き、動かす。
……いやー、どうも長々すみません。ただ僕のレビューは陳腐ですが、この作品は陳腐ではありません。読みにくい文体に怯まず、一人でも多くの読者に手を取って欲しい一冊です。「今はただ、早く出ろ出ろ最終話〜」、という心境です。