元KGB捜査官レオ・デミドフを主人公とする三部作の完結編。『
チャイルド44 (新潮文庫)』、『
グラーグ57 (新潮文庫)』と紡がれてきた、レオとその妻ライーサ、そして二人の養女ゾーヤとエレナの家族の物語がさらなる大きな展開を見せます。
今回の物語は『チャイルド44』以前の1950年のレオとライーサの出会いから始まります。そしてライーサは『グラーグ57』を経た後の1965年に、NYの国連本部で開催される米ソの少年少女によるコンサートに引率者として娘二人も伴って出かけていくことになるのですが、その彼女を大きな悲劇が襲うのです。
レオはその悲劇の後始末を図るために、1980年のソ連侵攻後のアフガニスタンを経由してアメリカへと決死の亡命を図るのです。30年に渡る物語を900頁近い紙数を費やして描きますが、長尺であるとは全く感じさせません。むしろ頁を繰る手がもどかしい、久しぶりにページターナーといえる怒涛の冒険物語を読むことができた、そういう満足感に今わたしは浸って陶然としているのです。
暴力革命によって獲得した共産主義という金科玉条を、暴力によって堅持し続けるソビエト連邦。その社会における閉塞感はこれまでの『チャイルド44』と『グラーグ57』以上に強く感じられます。
その抑圧のもと、本来ならば軋みいく一方であるはずのレオの心も、妻と娘二人とのささやかな生活がなんとか支えてくれているのです。だからこそ、その心の支柱が折れたときに、壊れた家族の再生を目指して奔走するレオの姿には、心に重く迫るものがあるのです。
1980年時点で、そしてまた三部作で、終結してしまうのが大変惜しいと感じられます。
あとおよそ10年、ソビエト崩壊のときを迎える瞬間までのレオと家族の物語を読むことはかなえられないのでしょうか。
最後にぜひとも書きとめておきたいのは、翻訳者・田口俊樹氏の見事な訳文のことです。
私は氏がかつて翻訳したジェフリー・アーチャーの『
獄中記―地獄篇』にいくつも誤記があることを7年前に指摘したことがあります。ですから氏の翻訳にはこれまでちょっとした抵抗があったのも事実です。
しかし、ここ数年のトム・ロブ・スミスの作品は氏の翻訳だからこそ十二分に楽しめたと、心底感じられるのです。
この本があたかも日本語でそもそも書かれたのではないかと思わせるような流れる文章に、心打たれました。