もう10年以上も前になるが「マイルスを聴け」で音楽批評家と登場した中山康樹のデビューは衝撃的だった。インテリぶったつまらないジャズ批評が溢れる中に、悪ふざけ一歩手前の文章でありながら、その根底にマイルス・デイビスと彼の創造した音楽に対する深い愛情をたたえた批評を展開したからである。「アートである、ブレーキーではない」と始まるカインドオブブルーの解説(初版)で読者を笑わせる一方、裏側にある深い洞察や愛情に裏打ちされた分析に息を飲ませたのはまぎれも無くこの人だった。
しかしながら、この本に関して言えば、「マイルスを聴け」の対極と言うほかは無い。つまり、本来自身が愛聴もしていないミュージシャンに対する評論を「とりあえず」展開したものに過ぎない。そこには深い洞察や愛情は見受けられず、リアリティーを出すために関係者から聞きだした裏話に想像(筆者曰く『推察』)を上乗せしたものが散見され、批評家としてエヴァンスとその作品に迫る瞬間は無いに等しい。例えば、You Must Believe In Spring の項に注目して欲しい。このアルバムが美しい曲と演奏が溢れるものであることに疑いは無いが、『エヴァンスにとって最後の到達点だったのだろうと思う』とは強引過ぎる結論ではないか。ましてや、『カインドオブブルー』を引き合いに出し、これがエヴァンスの最高傑作と持論を展開するくだりは、この本が「マイルス・デイビス最高です」という人間によって書かれたエヴァンスのエセ批評であることを自ら証明するものではないだろうか。
マイルスの音楽に対する姿勢とその作品を賛歌した人物が、物書きとしてこのような変化を遂げるのは興味深いと同時に悲しすぎるものがある。つねに新たな前進を求めたミュージシャンを信奉した批評家が、自分のヒットを離れることができず似たようなタイトルの本を書き続けるのは、志が堕ちたか自分が見えていないとしか言いようが無い。残念ながら、マイルス・フリークを公言して憚らない筆者の実態はチャック・マンジョーネだったようだ。
ビル・エバンスのファンを自認する方には決して薦めることの無い一冊である。