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その時、とっくに泡沫(バブル)ははじけ、何も起きない日常が倦怠とともに続いていた。ミーナは、日々の倦怠に退屈しながら、<奇跡のような> <ひりひりする> <刺激> <毎日> を求めてボーイフレンドのユーヤと遊ぶ。女教師をたらし込んでは脅し、SMオヤジとホテルに行っては美人局する。映画のように軽くて嘘のように楽しい日々。でも映画のエンド・マークがあっという間に来るように、<もうお遊びは終わり>の時間はあっという間に来る。エンドマークが出るときミーナは独り。助けに行くのをさぼってユーヤは眠っていた。かったるいから。ただそれだけの理由で。岡崎京子の終わりは、そう、いつも独りなのだ。その時に脳裏に甦るのは、嘘、夢だよねという思いと、子供のとき溺れかかって海の底から太陽を見たあの歪んだ風景。
『エンド・オブ・ザ・ワールド』に収録されている『水の中の太陽』は、ボリスビアンの『日々の泡』に匹敵するような最も美しく、最もひりひりする恋愛物語だとぼくは思っている。宇多田ヒカルも石田衣良も松本大洋もおそらく秘かに転写している『水の中の太陽』。水の中から太陽を見上げるあの感じ。それが今の世界の終わりなのだ。何もない日常すら危うくなっている2003年。ふっと気を抜けばすぐにミーナのようなエンドマークが訪れる。岡崎京子は、いつも世界の終わりを見ていた。もともと終わっている世界を逆さから万華鏡に写していた'''だから今、岡崎京は圧倒的に支持されるのだ。
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