F1関係の記事には美辞麗句で対象を持ち上げる気風が見られず、
淡々とした語り口で明晰な批評を展開する筆者が多い。
これはF1倶楽部という雑誌を通読してわかったことであるが、
F1界では一方的な偏重報道や大衆迎合のないジャーナリズムが生きていて、
ブロック・イェイツの本作には、この良い慣例が文中くまなく満ちている。
ともすればモータースポーツの神として、一切の批判が許されない存在にまで
持ち上げられかねないエンツォ・フェラーリの、その業績と行動を、
作者はあくまでも一人の人間の行為として捉えている。
そういった冷静な視点で書かれているから、逆にエンツォのF1に対する
自己存在を賭した情熱と、人格的なあくの強さが際立って浮かび上がるのだろう。
晩年になって孤独な老人となったエンツォのエピソードには哀傷すら感じた。
かつてのライバルとエンツォ老人がエレベーターのなかで不器用に抱き合うシーン。
そこには涙を誘われるほど壮大な人間ドラマの完結があった。
不器用で偏屈だけど、たまらなくF1を愛した人間。
それがエンツォ・フェラーリなんだろうな…。