ストーリーの猥雑な生命力に昭和無頼派作家の味を読めるが、そこは私小説「蛍の墓」や童謡「おもちゃのマーチ」を生み出した野坂の作品であり、何ともいえない可笑しさと哀感が伴っている。この小説は実はかなり技巧的に凝った作品でもあり、これが長編デビュー作ということは驚くべきことであろう。
地の文と台詞の間に、関西弁による心情の独白を巧妙に織り交ぜて文体の問題に捻りを聞かせる一方で、関西弁のリズムを最大限に活かすことで言文一致以前、近世の世話物を彷彿とさせる不思議な言語空間を作り出している。やはり関西弁を駆使した町田康が文壇に活動をシフトした頃に、たまに野坂が引き合いに出されていたが、個人的には野坂の作品の方が読み応えがあると思う。どちらも私小説作家の側面を持つが、戦中派・野坂が実人生でくぐってきた悲劇の分、作品世界に重さと社会的な広がりがあるのではないか。