コンビニやレンタルショップに行けば十年一日のごとくエロ雑誌やアダルトビデ
オを手に取ることができる。それ故につい知っているつもりになりがちなアダル
トメディアだが、昨今では内外さまざまな要因からその商品形態や業界地図は、
すごい速さで塗り代わりつつある。にもかかわらず、それが「エロ」であるがゆ
えにか、誰もビジネスの側面からこれを語っていなかった。
本書は、このように「身近にあるようで意外と知らない世界」であるアダルトコ
ンテンツ業界が辿ってきた変遷といまリアルタイムの姿を、ライター(また制
作者)としてその内側にいるフリーライターの安田氏と雨宮氏が、経験と実績
を交えてレポートするまったく新しい「ビジネス書」である。
いったい、だれが「エロ」を殺すのだろうか?
■著者「まえがき」より
今、アダルトメディアは、かつてない大きな変革期を迎えている。エロ雑誌、ア
ダルトビデオ(AV)、そしてインターネットをはじめとするデジタルメディア。
いずれのジャンルでも、ここ数年の間に大きな変化の波が押し寄せてい
る。(中略)
そしてインターネットの普及は、アダルトメディア全体に、最も大きな影響をも
たらした。それは、アダルトメディアにとっては、諸刃の剣だった。インター
ネットの登場によって、日本のエロメディアは、大きな変化を余儀なくされたの
だ。(中略)
現在、日本のエロメディアがおかれている状況を考察していくと、ある原因が見
えてくる。それは「エロ」というジャンルそのものが、構造的に抱えている問
題だった。
本書では、各エロメディアが成長して来た過程と現状をレポートすることによっ
て、日本の「エロ」が直面している問題を浮き彫りにしていこうと考えている。
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最も参考になったカスタマーレビュー
30 人中、25人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
エロの敵は、エロを求める己自身,
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レビュー対象商品: エロの敵 今、アダルトメディアに起こりつつあること (NT2X) (単行本(ソフトカバー))
まず、この本の注意点としては、電車で読むことはお勧めできません。のぞかれると、至る所に卑猥な単語が出てきますので。 内容は、ヘア解禁などされていくが、エロ雑誌が売れなくなってきていることや、 AVの進化(モザイクが薄くなってきていることなど)、 VHSからDVDになった事に対しての制作事情、 ネットやP2Pソフトで、無修正の画像や動画が手に入るようになったことなどが、 年代を追って書かれていて、文章自体も読みやすく トリビア的になるほどねぇ〜という感じで知ることが出来ました。 そして、本のタイトルである「エロの敵」は 昔は、もの自体がすくなかったからこそ、貴重で大事にしていたものが ユーザー(男性)が求めすぎた結果、エロが過剰供給され、 現在では、良質のエロを無料で手に入れることが出来るため その結果、供給元が儲からなくなり、厳しくなってきていることだと知りました。 ユーザーとしては現在の状況はありがたいことではありますが、 ちょっと考えさせられましたね……。
7 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
エロはどこへ向かうのか,
レビュー対象商品: エロの敵 今、アダルトメディアに起こりつつあること (NT2X) (単行本(ソフトカバー))
ビニ本〜裏本〜裏ビデオ〜AV黎明期が自分の10代半ば〜20代前半と同期しているので、「ああそうだったね」というノスタルジーにも近い感想を持った。AV爛熟期〜現在(ネット時代)に至るまでは、仮想体験としてのエロへの関与という意味で個人的なリアルタイム感に欠けるが、その分歴史を追うには有用であった。 ネット/デジタルの発展による規制の無意味化(寧ろ現在の方が法律的には厳しいのが皮肉でもあるが)、そしてそれがもたらした、これまでのエロの価値(高価格や入手方法の難易性)の稀釈化、こうしたトレンドは暫く変わらないだろう。 さて、エロは今後どこへ向かうのか。
8 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
エロの敵とは、ずばり「エロはタダ」という観念のことだった!,
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レビュー対象商品: エロの敵 今、アダルトメディアに起こりつつあること (NT2X) (単行本(ソフトカバー))
アダルトメディア、とりわけエロ本と呼ばれる紙媒体とアダルトDVDを始めとする動画媒体の、その勃興期から今までを追った、アダルトメディア史論。著者の一人は、自らも作り手ということだけあって、細部まで話が行き届いている(この本の「エロマンガ版」とも言える本がこれ→エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門)。この本の全編を厚く覆うのは、エロメディアが衰退していくことへの危機感と焦燥感である。そしてそれは、取りも直さず本書タイトル『エロの敵』に対して著者らが感じている脅威なのだろう。 『エロの敵』、それはいったい何者なのだろう。それは、アダルトメディアに対してなされる規制といった類の「外圧」として片付けられるないだろう。本書を読めばわかるのは、規制がゆるくなったとしても、アダルトメディアを蝕む「エロの敵」は存在するのであるから。 本書を読むと、エロの敵とは一種の観念であることがわかる。それは、安易な作り手の気持ちにある「エロければ売れる」という観念、そしてインターネットが発達した以後の僕ら消費者の側にある「エロはタダ」という観念だ。 かつて、「エロ」と「面白さ」(あるいは芸術)は、エロ本、AV等の作中において蜜月の関係にあった。しかし、いつしかエロメディアでは、「ヌケればいい」という風潮が蔓延し、美学(?)もへったくれもなくなったと、著者は嘆く。 しかし、それは必然的な流れなのではないだろうか。性的興奮はきわめて主観的なものであり、その興奮する箇所(ヌキどころ)も千差万別なのである。それは、例えばカント美学における善、美、快の中だと、他人とはそもそも議論にならないという意味で、味覚と同じ快に当てはまるのだから(そもそも性的“快”感だった!)。 フロイトは、満たされない性的欲求のリビドーを、芸術を始めとする他の非性的な分野に向ける行動を、「昇華」と呼んだ。 アダルトメディアに内在する芸術性の存在は認めよう。だがその場合、AVを作ることは、はたして昇華になるのだろうか。それとも、作品制作を通して、性的欲求は性的欲求として満たされているのだろうか。 僕はそれだけが気にかかって夜も眠れない。
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