公民権運動前夜の1950年代におけるアメリカ南部は、一般に「人種差別・白人至上主義が根付いた頑迷な地域」とみなされがちである。深刻なリンチ殺人が起こっていたことからしても、人種差別が渦巻いていたということ自体は間違いではない。しかし本書は、黒人音楽(リズム&ブルース)を吸収したエルヴィス・プレスリーのロックンロール音楽が、白人と黒人の若者のあいだの垣根を崩していくことにいかに貢献したのかを鮮やかに描いている。
南部の歴史、特に人種関係を考えるときに、大統領や州知事、上院議員や警察長官、公民権運動の有名活動家やKKKにのみ焦点を当てていては見えにくい地殻変動が、ロックンロール(やリズム&ブルースやカントリー)のようなポピュラー文化の次元に目を向けることで明らかになるということを、本書は教えてくれる。また、ネルソン・ジョージ『リズム&ブルースの死』に見受けられるような、エルヴィスに代表される白人ロックンローラーとレコード会社が黒人を貶めながら黒人音楽を「盗用」して利益を得た、という見解――この説が人種問題のある部分を鋭くえぐっていることは確かだが――に対して、異なる解釈が可能であることを巧みに提示している。
また本書では、「エルヴィスは黒人音楽を盗んだので、黒人からは嫌われていた」とか「エルヴィスが黒人を侮辱する発言をした」といった説が根拠のないものであることを明らかにするなど、エルヴィスについて知りたいという読者の欲求も相当程度満たしてくれる。
ポピュラーカルチャーと政治の関係、人種と文化の歴史に興味のある方は読んで損はないと思われる。
なお、訳は基本的に非常に読みやすいが、時折、アメリカ(史)の用語として妙なものも見受けられる。「南部同盟」(南部連合、あるいはアメリカ連合国であろう)や「サブコミッティー」(小委員会と訳すべき)など。だがこれらの瑕疵にもかかわらず、全体的には優れた訳である。