エラ・フィッツジェラルド

 

Ella Fitzgerald【エラ・フィッツジェラルド】 ~“ ファースト・レディ・オブ・ソング” と称された永遠のジャズ・シンガー~

Text : The Walker's 加瀬正之

EF's Great Album
ヴァーヴに移籍後の1956~1964 年辺りに発表されたコール・ポーターやデューク・ エリントンの楽曲を歌ったソング・ブックをはじめ、他にも多くの名盤が残されています。


グラミー賞受賞作品! エラのライヴの名盤!!
asin 『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』: 1960 年2 月13 日ドイツ・ベル リンの「ドイチェランド・ホール」で行われた ライヴの実況録音。この作品で第3 回グラミー「女 性歌手ベスト・アルバム賞」「女性歌手ベスト・シングル 賞(「マック・ザ・ナイフ」で)」を受賞! 12,000 人の聴衆を 前に圧巻のヴォーカルを披露し、このライヴで初めて歌った『三 文オペラ』からの楽曲「マック・ザ・ナイフ」は名実共にエラの 不滅の名唱となった。ラストの「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」では アドリブ、スキャット、ヨーデル風の裏声も披露し、これまた圧 巻! 数あるノーマン・グランツによる録音の中でもこのラ イヴ盤はベストといえる一品。パワフル且つ愛くるし いエラのヴォーカルの魅力が満載! ジャケ ットの満面の笑みも最高です。




エラが歌うクリスマス・ソング集!
asin 『スウィンギング・クリスマス』: 1960 年に録音されたエラにとっ て初となるクリスマス・アルバム! フラン ク・デヴォール・オーケストラの演奏をバックにクリ スマス・シーズンにはお馴染みのポピュラー・ソングの名 曲12 曲を披露。アルバム・タイトル通りエラならではの抜群 のスウィング感と共に、あたたかく明るく楽しげに歌い上げている。 1 曲目の「ジングル・ベル」から一気に楽しいクリスマスの雰囲 気に染まり、ナット・キング・コールの名唱で知られる「クリスマ ス・ソング」~ビング・クロスビーの名唱で知られる「ホワイト・ クリスマス」のエラ・ヴァージョン、ブルージーな「グッド・ モーニング・ブルース」等も最高! 子供が聴いても 楽しくなるようなお薦めのクリスマス・ジャズ・ アルバム&永遠の名作です!



エラ・フィッツジェラルド復活の勇姿
asin 『ライヴ・アット・カーネギー・ホール』: 1973 年7 月5 日ニューヨークの 「カーネギー・ホール」で行われた『ニュー ポート・ジャズ・フェスティバル」~ “ エラの夕べ” の 模様を収めた2 枚組ライヴ盤で、72 年に眼病により引退の 噂も流れたエラが見事に復活を証明したコンサートの模様を収め た記録。若く福やかだった頃から比べると見違えるほどやせ細り、 牛乳ビンの底のような眼鏡が一層老いやつれた印象を与えてしまう が、その迫力ある歌声が不変なことに驚かされる。旧知のミュー ジシャンたちがエラを盛り立て、このライヴにかけるエラ自身の 強い意気込みもを感じさせる。スタンダードからポップスまで レパートリーも幅広く、一押しの「レモン・ドロップ」等、 満員の観衆を完全に魅了するヴォーカルの女 王エラの真髄を聴いて欲しい!




レイ・ブラウン・ジュニア
あまり知られていないが、エラが1947 年に結婚したジャズ・ べーシスト=レイ・ブラウンとの間には一人息子がいる。実 際にはエラの妹(父親は異なる) の子供を養子に迎えた形 だが、名前はレイ・ブラウン・ジュニア(Ray Brown Jr.)。 1949 年生まれで現在61 歳。ジャズ&ブルースのピアニスト& シンガーとしてアメリカで活動している。元々ドラマーだったが、 70 年代の頃からプロのミュージシャンとして活動し、80 年代 後半にはアメリカ国防総省関連のツアーで日本にも訪れてい る。2001 年に『Slow Down for Love』でアルバム・デビュ ーを果たし、その後もコンスタントにアルバムを発表している。 最新作は2008 年9 月に発表した『Friends and Family』で、 娘(エラの孫) がヴォーカルで参加している他、母エラと父 レイが共演した「How High The Moon」で両親の演奏に自 身のヴォーカルを重ねて夢の親子共演も果たしている!



切手になったエラ
米国郵便局(US Postal Service) が1978 年から毎年発行 している切手「Black Heritage (黒人の遺産)」シリーズから、 2007 年1 月に30 枚目の切手としてにエラ・フィッツジェラル ドが選ばれ同年記念切手が発売された(値段は39 セント)。



エラ初来日!
エラが記念すべき初来日を果たしたのは1953 年11 月、 ヴァーブの名プロデューサー、ノーマン・グランツ率いる 「J.A.T.P. オールスターズ」初来日の時。若きオスカー・ピー ターソン・トリオを従えて東京の日劇で熱唱を披露した。この 時に夫であったレイ・ブラウン(b) も同行しているが、この 来日前後に離婚している。翌月にはサッチモも初来日を果た しているが、日本でジャズが最も輝いていた時代だったようだ。


バイオグラフィー

史上最高の女性ジャズ・シンガーとの呼び声も高いエラ・フィッツジェラルド。スタンダードとなった「レディ・ビ・グッド」「アイ・ゲット・キック・アウト・オブ・ユー」によって、その名声は不動のものとなった。バック・バンドがオーケストラだろうが小人数のストリングスだろうが、あたかも楽器を演奏するように声を使いこなす彼女の実力には、まさに敬服させられる。それはベニー・グッドマンがクラリネットをあやつり、チャーリー・パーカーがサックスに命を吹き込んだのと同じものだ。彼女の歌唱は非常に軽やかにして優雅で、その正確さにハッと胸をつかれる。エラ・フィッツジェラルドはまさに熟練したヴォーカル、即興ジャズのモニュメン… 続きを読む


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