今作がCoccoのこれまでの音楽活動・そして人生すべてを注ぎこんで生まれたアルバムであることは想像に難くない。
初期の頃のCoccoは"沖縄を安売りしたくない"という理由で自らの音楽性を"敢えて"沖縄と遠ざけていました。その一方で「ブーゲンビリア」「がじゅまる」「ウナイ」といったキーワードからも分かるように、確実に沖縄のことを歌っていたのです。そして次第に彼女は沖縄でライブもするようになり、「ゴミゼロ」「陽の照り」「ジュゴン」など沖縄と密接に関わったメッセージ色の強い楽曲も発表するようになる。
"沖縄人として沖縄のことが歌えて嬉しい"
彼女はきっと沖縄のことをずっと歌いたくて歌いたくて仕方がなかったのだろう。しかし、それは沖縄を利用しているようで、嫌だった。そんな彼女が今こうして沖縄のことを堂々と歌えているのは、Coccoの音楽として"沖縄"を出せる自信を持てたからなのでしょう。M1「三村エレジー」M2「ニライカナイ」 M14「絹ずれ〜島言葉〜」といった楽曲を聴いていると、彼女の沖縄人としての高らかな誇りすら感じとれます。
沖縄人として、沖縄に抱く愛情・米軍基地問題や自然破壊に対する怒りを誇示するでなく、音楽として鮮やかに表現する。
楽曲・曲調も、これまでのCoccoフリークが耳にしたら驚くこと間違いなしの多様性・意外性に富んでいる。以前の彼女はダーク路線を強いられたことや、路線やイメージに合わない明るい楽曲はできなかったということを示唆していましたが、もうそんなシガラミは今作には存在しない。
初のセルフプロデュース作品ということもあり、根岸孝旨・長田進・RYUKYUDISKO・Curly Giraffeといった様々なアレンジャーを巻き込み、とにかくやりたい放題やってのけている。グランジ・ガレージパンク・ジャズ・ラップ・ヘビーロック・ポップス・民謡…もはやジャンル分け不能、多種多様の音楽性を貪欲に吸収させ融合させたCoccoにしか成し得ない楽曲に仕上がっている。
どんなに幅が広がってもどれもCoccoはCoccoだ。Cocco史上最も激しく、最も楽しく歌っている。それが何より嬉しい。やっと彼女は本当にやりたかった音楽に辿りつけたのかもしれない。
彼女が生まれながらの天才的な歌姫であることは誰しもが認めるであろうが、そういった資質の部分だけでなく、Coccoという音楽家として新たな一歩を踏み出したような気さえします。そういう意味でこれはCoccoの新たな1stアルバムのようである。
先行シングルであり個人的に2010年の大名曲だと認定した「ニライカナイ」を軸とした、まるで何かが憑依したかのような神々しさ・激情を解き放つ序盤の3曲は圧巻。
静かなる激情を感じてならない感動的なM5「玻璃の花」、悲しくも美しいこの世界すべてを包みこんでしまうかのような壮大なスケールの大きさでおくる感動的なM11「Stardust」といった楽曲も素晴らしい。
そして個人的にはM13「カラハーイ」を推したい。沖縄民謡「ちんぬくじゅーしー」の詞を取り入れ、綿密に計算され尽くされた演奏と打ち込みサウンドが凄まじい何ともプログレッシブな一曲。ラストにかけ三線・ストリングス・コーラスなどが次々と絡み合い、神がかり的な展開を見せる。この楽しさはもう筆舌に尽くしがたい!!
正直、弱いと思う楽曲もいくつかある。がしかし、そんなこと気にならなくらいに他の楽曲があり余るくらいの魅力を発揮しているし、何より Coccoにとって今作のなす意味はとてつもなく大きいものであるでしょう。今作はまさにCoccoの変化の象徴であり、私はその変化のことを成長と呼びたい。
これまで出会った人へ
これから出会う全ての人達へ
ブックレットの最後にはそう記されていた。
この大傑作はいつかまた語られる日がくるはずだ。