エピデミック:地域を越えた大規模伝染。更に国を越えて広がるとパンデミックとなる。
罹患した病を治癒するのは医学の役割、病原体を特定しその性質を明らかにするのはウィルス学の役割だが、感染の経路を明らかにし病の広がりを抑えるのは疫学の役割である。
これは、そんな疫学を中心に据えた物語だ。
疫学の基本は非常に単純で、発症した人としなかった人の特徴を比較し、何が感染のリスクを上げるかを突き止める。必ずしも病原体が判明する必要もなく、例えば世界初の疫学による伝染源の特定は1852年イギリスの第三次コレラ流行に於いて、空気感染と思われたコレラの発生が家単位でまとまることに着目、特定水源が汚染源であることを突き止めたもので、これはコレラ菌が発見される30年も前の話であった。
疫学の理論は常に状況証拠からの演繹である。罹患者に多く非罹患者には少ない特徴を洗い出し、その比率から危険性を算定する。ミステリに例えれば、被害者の特徴から犯人が狙う人物像を炙り出したり犯行地域から犯人の生活圏を割り出したりといった推理である。ただし疫学では犯人の特定そのものには焦点を当てず、むしろプロファイル的に「こういう人物との接触を避けるように」「この地域には近寄らないように」といった形で、以降の犯行を予防することに主眼が置かれる。
どうだろう、実にミステリ的ではないか。伝染病小説というとまず破滅的な謎の感染症による人類滅亡の恐怖めいたものが描かれる中、冷静に病を追い詰める捜査官と各々の立場が織り成す群像劇を主軸に社会派ミステリ的に描くのはなかなか新鮮だ。
折しも新型インフルエンザのパンデミック渦中、流行病に対する心構えと防疫に対する理解の意味でも、一読をお薦めしたい。