劇場で観たときはあまりの衝撃に深く考えることを止めた。
マリオン・コティヤール、このとき32歳くらい・・・・
これは演技ではない、ピアフが憑依したに違いない(笑)。
もう深く考えるのは止そう、
もしこれが「演技」なのだとすれば、日本の「女優」についてあれこれ語る自分が馬鹿馬鹿しくなる。。。
(この国に「美空ひばり」を演ずることの出来る胆力と技量のある女優がいるか?)
そうこれは「演技」じゃない、「憑依」現象だ。
すっかり本作のことを失念していたが、先日、BSで再び視聴する機会を得た。
改めて鑑賞し、このマリオン・コティヤールの演技を「憑依」として捉え、
マリオン・コティヤールという、今後世界の映像史に永く記憶されるであろう稀代の女優とその渾身の演技を、
真摯に受け止めることから逃げていた自らに思い至った。
そうこれは「憑依」なんかではない、「演技」だ。
マリオン・コティヤールという偉大な才能が、エディット・ピアフという同じく不世出の偉大な才能に迫った、
迫真の演技であり、崇高な映像芸術なのだ。
創作部分もあろうが、エディット・ピアフという個性が如何なる背景から表出してきたか、
そしてどう成功をつかみ、歌うたびに「命」をすり減らし、壮絶な最期に至るか、
(Phyllis Hymanは憤死のようなもの、Whitney Houstonも似たり寄ったり。
要するに「歌う」ということは、命数を削り歌うことであるのか?)
またそんなことを知らなくても、エディット・ピアフの歌声が国籍や言語、時代を超え、
あらゆる人々の魂を揺さぶるのか、その理由を知るすばらしい手がかりになろう。
(脚本・構成が散漫という意見もあるが、文章でも映画でも偉大な作品は一度や二度観たくらいでは理解できまい)
またマリオン・コティヤールという大女優が大きく羽ばたいた作品として後世永く語り継がれよう。
Blu-ray化されたことでもあるし、改めて本作を鑑賞してみよう。