小売業の変化と昭和史、とか、クルマで振り返る昭和史、とか、食卓から見えてくるあの時代、とか、巨怪正力松太郎とその時代、とか、そういう本はいろいろあるが、これは「エッシャーを通して語るカタカナカルチャー黎明期の昭和史」の本だ。え、そんなことが可能なのか、だってエッシャーなんて名前、普通のお父さんやお母さんは知らないじゃないか、と思うでしょうが、普通のお父さんやお母さんはともかく、黎明期のカタカナカルチャー周辺にはエッシャーは大きなインパクトを与えたらしい。東京オリンピック。ビートルズとグループサウンズ。ベトナム戦争。ビギ、ニコルの旗揚げ、『anan』の創刊。中核、革マル、社青同、機動隊。表参道に飛び交う火炎ビン。美術書でないことは間違いないが、その語られる全体の軸が、エッシャーの版画と、それに魅せられた人々、ということになっている。
横須賀のバーで「LSDキメてこれ見ると最高だぜ」と米兵からエッシャーのポスターをもらう19歳フリーター。エッシャーに手紙を書いてアプローチを試みるもあっさり袖にされるミック・ジャガー。洋書屋の訪問販売でエッシャーに出会って興奮する真鍋博。亀倉雄策。永井一正。田中一光。少年マガジンの表紙を飾るエッシャー。なぜストーンズはダメで少年マガジンならいいのか、たぶん後者はエッシャーに無断でやったからだろう。勝手に下品な色もつけたらしい。折しもマガジン誌上では矢吹丈と力石徹の最期の死闘が繰り広げられていた・・・
・・・と、いうあたりからようやく、1976年、西武美術館で開催されて大盛況となった日本初の本格的エッシャー展の話へと雪崩れ込み、そこまでも面白いがそこから先もスピーディな展開で読ませる。巨額の借金を背負ってエッシャー・コレクションをポンと買うことになるニコルの幹部、これが上記のフリーターの20年後の姿。まるで因果は巡るエッシャーの図柄だ。読むとエッシャーを見たくなる、という意味では、やっぱりこういうのも美術書なのか。