数ある《国名》シリーズの作品のなかでも、最も
けれん味に溢れ、エンタテインメントに徹した作品。
古代宗教の狂信者、裸体主義者村、連続首なし磔殺人、そして、本作で
初お目見えとなる愛車デューセンバーグを駆ってのアメリカ全土にわたる追跡行――。
以上のような、通俗的な道具立てや趣向が盛り込まれていることから、作者が、
それまでの《国名》シリーズにみられた論理主体のスタティックな展開を一変し、
読者に精一杯のもてなしをしようと、サービス精神を発揮したことが窺えます。
とはいえ、本作でクイーン一流のロジックが疎かにされているわけではありません。
《国名》シリーズの黄金パターンである、物的証拠をもとにした《演繹的推理》は健在です。
本作の物的証拠は、クイーン作品の手がかりの代名詞ともいえる、かの
有名な「半透明で、ラベルの貼っていない暗青色のヨードチンキの瓶」。
この何の変哲もない小道具に、特権的な価値が付与されているのです。
複雑に絡み合い、錯綜した迷宮的事件に対し、ささいな物的証拠に関する「設問と解答」
という一本の「論理の糸」を引くことで、謎の大楼閣を崩し、唯一の真相を導き出していく
ロジックの手筋は、今も変わらぬ切れ味を誇っています。