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5つ星のうち 5.0
生態的記憶、知覚、内面、思考、無意識など。,
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レビュー対象商品: エコロジカル・セルフ (クロスロード・パーソナリティ・シリーズ) (単行本)
ギブソンは、現在の経験と過去の経験の二分法は恐らく言語に由来したものであってその場合、「あなたに会う」のと、「あなたに会った」の中間のことをいうのは許されない。と述べている。そこから、松島恵介は「私は○○した」こと自体は決して貯蔵することが出来ない。発話すべきものなのである。と結論する。 過去の経験の過去性すなわち「もはやない」という性質は、記憶内部に予め孕まれているのでも、記憶に付与されたラベルでもなく、現在の主体が発話した瞬間にその都度与える。持続に区切りを入れるのは主体である。 「記憶」とは、語りを行うときにその都度生じる。過去の断片を繰り返している「習慣」とは明確に区別される。 「記憶」とは、環境への対峙である。「記憶」を通して私たちは過去の環境に対峙するだけでなくその環境における過去の自己たちと接触しつづける。 「想起」とは、自己を現在性と過去性との関係性として立てる態度のことである。 時間にしても、出来事にしても基本単位があるわけではなく無数の入れ子状になっている。(時間は流れない。アフォーダンスは因果を排する) 例えば、私の手の動きは「CDを聴く」という行為の一部をなし、「CDを聴く」は「休日を楽しむ」の一部をなしていてこれはもっと長いライフスパンの出来事の一部である。重層的な時間である。 そして、究極は形を持たない「不変項」として知覚される。 「行動」は、外部の状況の関数であり「思考」とは、いくつもの運動の構えのあいだの殆んど絶え間のない相互作用が行為の実行に先立って絶えず変化しながら進行することなのである。つまり、予見的性質を持つ。このことが、行動の背後に隠された内的な秘密であるかのような見えるのである。 「思考」とは、行為の表面を飾る刺繍のようなものである。 「内面」とは、隠蔽、抑圧、嘘、忍耐、策略、躊躇、擬態の類である。 「無意識」とは、根源的な自己欺瞞のことである。 興味ある部分を取り上げたが、近代的自我に違和感をもつものにとってエコロジカル・セルフという考えは極めて見晴しのよいものである。 ギブソンは、実体としてでなく出来事(過程の存在)として捉える。世界は、出来事で成り立っており実体(概念)は出来事の「抽象」に過ぎないということである。要するにそれは事実から遠ざかる。 著者は、ギブソンのインスピレーションをよく捉えた学者である。
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