私は著者の行った二年前、彼女の三分の一ぐらいの距離のテスリン川を下りました。私は当時62歳、ほかに日本人男女8名、さらに現地の川ガイド2名という彼女に比べれば豪勢かつ、よく準備された川くだりでした。参加者はみんなカヌーもテント泊、アウトドアー生活にも慣れた面々でした。それでもいったん下りだすとまったくといって良いほど目印、サインの類が全くなく,一切の人工物の許されないところで、一応決まっている林の中に隠れたテント泊地を探すのも初めてのわれわれにはほとんど不可能で、ガイドに任せるしかありませんでした。そういうところへ伝説の日本人の痕跡を尋ねたい一心で「女」だてら(失礼)に単身飛び出す勇気というか、無謀というか、先人の知恵に頼りたくなく、白紙で臨みたいという気分は一緒にするといけないのかもしれないが、ふとイラクで殺された同年代の日本人の若者のことが頭をかすめました。これは所謂「しがらみ」暗黙の決まりごとにどっぷりつかり、姑小姑に囲まれ、常に頭を抑えられて暮らすような日本人の心情をぬけだすために一度通らなければならないプロセスなのかなと思わざるを得ませんでした。この本は、はじめ三年前の旅を思い起こさせてくれる紀行文かなと思って読み始めたのですがユーコン下りを背景に著者自身の生き方、心情を語るためのエッセーだということがわかりました。