作者の他の作品を三冊ほど読んだあとで、こちらをさかのぼって読み、なるほど、と腑に落ちました。
「金に困っているので、読者が犯人というトリックを一億円で売る」という謎の手紙が、作家である語り手に届きます。入り組んだ叙述トリックか、と構えて読み出しました。ところが・・・・
まずぶれない文章で、寄り道なく、すっきりと通している点はこの作者の特質だと思います。
そして最後になってわかった謎解きですが。
入れてある「双子の超能力少女のテレパシー実験」などのエピソードが、一見流れと関係ないように見えて、この手紙の送り主の痛々しい心根につながり、それを増幅する効果を発揮していました。そして、このトリック?というか彼の意図と性格は、かなりなまなましく胸に響きました。
本格系統のアクロバティックな謎ときものも好きなのですが、そうした作品がきらびやかな半面、巧緻な人工性に傾いて、決して実生活ではこんなことは起きない、と感じさせるのに対し、この「ウルチモ・トルッコ(究極トリック)」の当事者の独白は、胸の奥をつかみとられるような感じでわかります。
それは心理的深遠さ、というか、ある意味、文学的なというか、そういう心根です。(具体的に書けないのがつらいです。)
『五声のリチェルカーレ』に結実してゆく文学性を、すでに種子のかたちではらんでいた小説だと思います。
大トリックなら他にもあるかも知れませんが、これは(少し誇張はあるけれど)文学的に納得させるトリックでした。いろいろなエピソード(有賀の告白なども含め)も、きちんと最後の動機に向かって流れこんでいます。
この作家の文体のむだのなさ、およびテーマの芯の通しかたは見事だと思います。本書だけ手に取られた人は、ぜひ他の作品にも目を通してほしい、と思います。