伝説的なカントリー歌手ジョニー・キャッシュの伝記映画。カントリーはアメリカでは巨大なジャンルで、ロック&ポップスよりもずっと売れるレコードが多いようですが、ジョニー・キャッシュはその中でも歴史的スーパー・スター。アーカンソー州の貧しい家庭に生れ育ち、お決まりの薬物中毒で人生のどん底を見た彼の生涯を、ホアキン・フェニックスが好演しています。物語は歌手のジューン・カーター(これもリース・ウィザースプーンの南部訛りが効いています)との関係を軸に展開していくのですが、ジョニーのジューンに対する執着がいまひとつわかりません。二人の主演俳優がすばらしいだけに、あまりに「実人生」によりかかったシナリオの弱さが惜しまれます。事実、もしこれが「伝記」でなく、「フィクション」だったら、たぶんだれも見向きもしない作品として終わったでしょう。伝記というジャンルのむずかしさ。エルヴィス・プレスリーやロイ・オービソンといった同世代のスーパースターたちも登場するのですが、どれもエピソード的な存在でしかない。またボブ・ディランとの関係は、それだけでアメリカ歌謡史の一章を書けるほどですが、ここではジョニーがディランの曲をとりあげ、ディランのレコードを真剣に聴いていたという、ごく簡単な素材の提供にとどまっています。ディランの『ナッシュヴィル・スカイライン』でのゲスト歌手としてのジョニー・キャッシュの歌声のすごみに匹敵するものは、何もありません。こうして全体として見ると、力作であるにもかかわらず、新鮮味にきわめて乏しいものとなりました。その丁寧な作りによりさまざまな「賞」の候補になったとしても、映画作品としては平板で何の驚きもない。そして驚きのない映画に、映画としての価値は、はたしてあるのでしょうか?