この物語に出会って、どうしてもお遍路の旅・四国八十八箇所巡礼をしたくてたまらなくなったのは、けっして私だけではないと思います。
その梗概は、・・・携帯電話企業でケータイの新機種を作っている山下徳久(江口洋介)が、休暇を利用して婚約者の西尾翔子(戸田菜穂)を連れて十数年ぶりで徳島にある実家のお寺に帰郷するのですが、母親の道代(加藤登紀子)から、父の徳代(市川左団次)が余命半年と知らされて、お寺を継ぐ、と心にもない嘘の決意表明をしてしまいます。そして、父親の強引な勧めに嫌と言えず、四国八十八箇所を歩く破目になるのですが・・・・・。
お遍路の道すがら出会う様々な人たちとの交流が、いっきにこのドラマを非凡なものにしてしまいます。
はたして、こういう、ほかの誰も着目しそうにない独特の視点・発想で書く人は誰かしら、と思って調べてみると、本作の原作・脚本は、鈴木聡という劇団を主宰し演出もする人で、すぐる12年を経ても、毎朝登校前に必ず見ていて鮮明に記憶に残っている、1999年の朝ドラで、まだ実生活では結婚も離婚もする前の竹内結子が、宮本あすかという和菓子職人として成長していく様子とそれを取り巻く人間模様を描いていて、有馬稲子が祖母役とナレーションをやって好印象だった『あすか』の脚本を書いた人です。
ところで、そのお遍路で遭遇した人のなかには、先日物故した原田芳雄がいて、彼は謎めいた「先達」と呼ばれる、巡礼のお世話・案内役をする遍路の大ベテランの坂田洋平という人物の役で、物語全体にピシッとした一枚のとても心地よい緊張感のベールみたいなものをかけて、何かしら尋常ならぬを摩訶不思議な雰囲気を醸し出しています。
そして、熟年離婚しそうな会社の上司で定年まじかの寺島隆彦(三浦友和)と妻・寺島靖子(風吹ジュン)だとか、悩みを持ちながらもあっけらかんとしている若者のヒロシ(瀬川亮)とエリ(ベッキー)や、息子に暴力を振るわれて絶望している親で教師の進藤英二(森本レオ)と妻の和江(鷲尾真知子)が、それぞれが自らの苦悩をかかえながらも、なんとかして良い方向に解決したいと熱望して、ただひたすら歩いて歩いて、へとへとになるまで歩き倒して、そうして見知らぬ者どうしが、互いに思いやり助け合いしながらして行くと、終着点に着くころまでにはなんとかかんとかお互いの新しい希望の未来が見えてきそうな、新たな展開が訪れそうな気配がして、そしてようやく辿り着いていくのでした。
作者が無理矢理もり込んだ結末かもしれませんが、あながちそうではなく、お遍路の旅とは、ひょっとして何かに祈るとか、自分を見つめるとか、そういうことではなく、歩くことによって自分自身の古い殻を脱ぎ捨てること、そう、つまり、「解脱」に近いことのように思われてなりません。
物語を見ている間中、感情移入の激しい私は、自分も一緒に歩いている気でいて、実際、見終わったあとは汗びっしょり、足はくたくたで、もうへとへとになっていました。
それでも性懲りもなく、ダイエットのためとか健康のためのウォーキングではなく、なんとか早い時期に時間を捻出して、一カ月か二カ月かけて、私も四国八十八箇所巡りをしようと、ひそかに決意したのでした。
記述日 : 2011年11月30日 16:05:30