1960年代に活躍した英国本格ミステリー界の巨匠ディヴァインの技巧が冴え渡る遺作の翻訳紹介です。本書は生涯に十三作の長編小説を著した著者の最後の長編で、六十一歳で惜しくも逝去された翌年の1982年に刊行されています。本書には、有名な人気作家だが若い頃に隠された暗い秘密を持つ被害者のジョフリー、成功した弟に嫉妬して恨みを抱く兄ライオネル、夫に隠れて家の近所で浮気する妻ジュリアなど、とても善人とは言い難い悪意を抱えた人物が多く登場しますので、もし日本の横溝正史が書いたら得意の呪われた家族テーマのドロドロした愛憎渦まく作品になっただろうなと思わせます。そんな中で本書の語り手で被害者の友人の歴史学者モーリスが一番まともな人物ですが、彼も結婚に失敗し離婚した意地の悪い妻と一人息子から憎まれている苦い境遇でした。モーリスはウォリス家から最近ジョフリーの様子がおかしいから来て欲しいと懇願されて、田舎の邸宅ガーストン館に招かれます。やがて滞在する内にジョフリーが兄ライオネルと仲違いして脅迫を受けている事実が判明します。そしてある晩兄弟が忽然と姿を消し数日後にジョフリーの死体が発見されます。
本書には中盤からスコットランドヤードのカズウェル警視が登場しますが、彼は脇役に徹し探偵役は語り手のモーリスです。事件が終盤に向かうにつれて新たな事実が次々に判明し、誰もが疑わしくなる展開は真犯人の的を絞らせず読者を翻弄させます。遂に明らかになる真犯人の正体は意外性十分で多くの方が見事に騙されるでしょう。著者の犯人の隠し方は誠に絶品で、大胆な伏線も周到に張られており、少しずるい部分もありますが読み手に誤まった先入観を持たせる手際が素晴らしいです。唯一真面目過ぎてユーモアに乏しいのが難ですが、最後に酷薄な人間関係を修復する優しさも味わえ、久々に良く出来た昔懐かしい探偵小説を読んだ満足感にひたれた一冊でした。