「ああ、ドイツというのは『田舎』なのだな」 それが第一印象でした。
愛するアガーテと結婚するためには、御前射撃で優勝しなければならない。自らの腕前への不安そして悩みに沈み込むマックスに囁く悪魔の誘惑。必中の『魔弾』。それを手にしたマックスが撃ちぬく運命は―――
ドイツ・オペラはここから始まりました。オペラという文化に限れば、『中央』はイタリアでしょう。本作が作曲された当時、ドイツはまだ『田舎』でした。オペラとしてはなるほどその造りは洗練されていません。そもそもこれはまだオペラとは言えない、オペラ以前のジングシュピール(歌芝居)であります。『中央』のそれに比べれば、そのスタイルは『田舎』の域の作品であります。しかし、その文化的洗練の差分においてこそ、ドイツの個性が現れたのです。『田舎』であることを自覚し、その身に引き受けることで、この作品はドイツ文化の独自性、ひいてはドイツのナショナリズムの幕を開いたといえるのではないでしょうか。
演奏そして歌は、イタリアオペラのそれのように滑らかでなく、派手がましく技巧的でもなく、訥々と語るかのように、踏みしめるように進行します。音楽の流れが悪いと感じるかもしれません。しかしこれは明らかにわざとです。『中央』のように洗練させないこと、そのことでこの作品が『田舎』のものであること、つまりはドイツ的であることを表現しているのです。
演出においては、音楽とは別の方向から、この作品のドイツ性に迫っています。闇や影を強調し、ほとんど壁のみの背景に黄色やオレンジ色などで強いコントラストをつけ、鋭角的なイメージを強調した美術は、明らかに「表現主義」、つまり20世紀初頭にドイツに起きた美術運動のスタイルを意識したものであります。現代においてもドイツは独自であることがここでは打ち出されているのです。
非常にクセの強い出来の上演になっています。スタンダードとは決して言えません。しかし、ここまで造り手の意図が強烈かつ徹底していていると、その説得力は非常に強い。是非はともかくとして、圧倒的であるのは間違いありません。
ここにあるのは下手をすれば受け入れにくいまでの『田舎』的なもの、つまりドイツの独自性の強烈かつ徹底した自己主張なのです。