インターネットが普及し、ウェブ上で情報をやり取りすることが当たり前になったこの社会では、人々の生活がどのように変化するかを展望する書。
技術的な側面から観察した実際的な生活の変容を考察するのではなく、
環境の変化に伴って発生する人々の意識の変化を考察しているのが特徴。
著者は、いつでもどこでもウェブの世界に接続可能になるという現在のウェブ社会の潮流を観察することで、バーチャルな「私」が私自身の意志や欲望を先行するかたちで現出するという現象を捉える。
これを以って、ウェブに接続されることで、我々の未来の可能性が閉じられていくことを懸念するのが本書の問題意識である。
この指摘はまさに、「大きな物語」が失墜したポストモダンな社会を我々はいかに生きるべきか、という重要な問いかけを含んでいる。
そうでありながら、最終的にこの問いかけの着地点を、社会性へ回収するところに設置しており、
前期近代以前のあまりに凡庸なモダニズムの視点で締めくくられてしまっている。
ウェブに関する社会学的評論に、とかく当人の個人的期待や反感を反映した論調が多い中で、本書は冷静な筆致であることは評価できる。
冷静ではあるが、予定調和的な価値基準によるその視点は、
価値基準の流動化しているウェブ社会を批評するにはあまりに凡庸すぎる。