こんな文章をこんな所に書いていて、こんな事を言うのは気が引けるが、実は私自身もネット上の「情報」や「主張」の多くには、あまり良い感情を持てないでいる。世界に向かって広く開かれているはずの空間で叫ばれる、偏狭な「自分たちの集団」のためだけの論理。信頼できる資料に基づいた議論と怪しげなデータソースの単なる引き写しが同列に扱われてしまうアンバランス…。膨大な情報が飛び交うサイバースペースの中で、ニュースサイトの編集者としてユーザーたちのお手軽な「情報発信」に振り回され続け、最終的に「敗北宣言」へと行き着いた著者の気持ちは確かに理解できる。
ただ、疑問を感じたのは、著者がネットユーザーの「バカ」「暇人」ぶりを批判する一方で、背後にある構造的な部分への考察を深く行わないまま、単に影響力の大きさだけを基準に、テレビや活字といった既存のメディアに過大な評価を与えているように思えることである。実際には、ネット上に溢れる疑似科学系や歴史改竄系のヨタ話の多くは元をたどればテレビ・活字メディアからの孫引きに行き着くし、週刊誌や健康番組が垂れ流す怪しげな情報に多くの読者・視聴者が踊らされる構図も昔から繰り返されてきた。本書が指摘する問題の多くは、必ずしもネットに特有の現象ではないと思う。
そして、そうした胡散臭い情報に対して(数の上では絶対的少数派であっても)社会に開かれた形での反論を行える手段として、ネットの存在意義はやはり大きいのだろうし、ネットに関する技術や文化が成熟してくれば、無数のガラクタの山の中から質の高い情報を選り分ける手法も、いずれ発達してくるはずである。
というわけで私自身は、本書よりはもう少し、ウェブの未来に対して楽観的な見通しを持っているのだが、いかがだろうか。