2009年7月にウルムチで起きた、民族対立を背景にした騒乱事件は記憶に新しい。これは、中国政府がその騒乱を「扇動」したとして名指しで批判した、世界ウイグル会議代表のラビア・カーディル氏の半生を、ドイツ人ライターが口述に基づいてまとめた「自伝」である。
というと、いかにも政治的にバイアスのかかった、アクの強い書物だという印象を受けるかもしれない。特に日本のジャーナリズムの文脈では、本書の内容で言えば、後半部分の過酷な獄中生活やアメリカへの亡命のくだりにどうしても注目が集まってしまいがちだ。
だが、僕がこの本を読んで真っ先に思い浮かべたのは、著名な経済思想家、ジェイン・ジェイコブズによる「市場の倫理」と「統治の倫理」を対比させた議論である。この本の中で本当に重要かつ面白い部分は、洗濯屋から身を起こした彼女が改革開放の波に乗って財を成しながら、「誰もが平等に金儲けのチャンスが与えられる社会」の実現を通じてウイグル人のおかれた状況を改善していこうとする部分である。そのくだりを読めば、ラビア・カーディルとは何よりも「契約尊重」「創意工夫の発揮」「他人や外国人とも気安く協力せよ」といった、ジェイコブズの説く「市場(商人)の倫理」を体現した人物に他ならないことがわかるだろう。そのような「商人道」の倫理にとって、契約を反故にし、創意工夫を通じた金儲けのチャンスをつぶす「暴力」こそ、最も憎むべき敵であることも忘れてはなるまい。
そんな根っからの「商人」である彼女が、なりゆきとはいえ少数民族の政治的な抵抗運動のシンボルとならざるを得なかったところに、現代のウイグル人並びに中国社会の悲劇があるのではないだろうか。