このアルバムのリマスターステレオ盤についても『擬似ステレオ』と誤解している方がいらっしゃるので、やはり正しい理解をしてもらうほうが良いと思い1stアルバムに引き続きコメントします。
そもそも『擬似ステレオ』とは、モノラル音源に電気的な処理を加え人工的にステレオ風に作り変えた音源のものを指す呼称です。その方法は左右チャネルで低音と高音に分けたり、あるいは左右に位相差を作ってセンターに音が定位しないようにしたりなど、60〜70年代初頭には各社さまざまな工夫を凝らした擬似ステレオ音源を制作していました。
それと、1970年代まではモノラル音源は擬似ステレオ化してLPに収録されることが一般的でした。クラシックのLPでさえ50年代のモノラル音源を擬似ステレオ化して発売していました。
Beatlesの場合、米国編集盤LPに収録された擬似ステレオ曲が1980年代になって初めてリアルステレオで登場しました。She's a woman, The Inner light, Yes it is, This boyと言った曲です。後者の2曲はCDのPast Mastersで初めてリアルステレオとして登場し、長らくのビートルズファンはリアルステレオ音源の初登場に狂喜しました(This boyはボーカルの定位は中央ではなく右側です)。
話をWith the beatlesのリマスターステレオCDに戻します。
このアルバムまではBeatlesの録音は最終的にモノラルミックスにする前提で2トラックで録音されました。そのため、演奏と歌が左右に分かれていますが、それこそがまさに『ステレオ』であり、決してモノラル音源を電気的処理した『擬似ステレオ』ではありません。
当初から歌と演奏を2つのトラックで分離するように狙って録音し、それをそのままCDにしただけのこと。
音の定位もいじっていない、まさにリアルステレオです。
元が2トラックの場合、歌を中央に定位させてしまうと演奏も中央に定位させないと歌と演奏の音量バランスが左右のチャネルで悪くなります。
そして、そのバランスをとったもの……それは結局モノラル盤というわけです。
*面白いのはアルバム最後を飾るMoneyで、この曲だけ歌が中央よりに定位しています。その理由はこの曲のみ2台のテープレコーダーを使って独自のミキシングを施したからです。
ちなみに赤盤のCDに収録されたAll My Lovingは、歌の定位をできるだけ中央に寄せながらステレオミキシングを行った例として挙げられます。
あの音源もステレオで、このCDに収録の同曲もステレオです。違いはミキシング(=音の定位)だけ。
今回のCDでは、1963年に発売されたオリジナルステレオLPそのままのミキシングを採用してあります。
ところで、ステレオではボーカルを必ず中央に定位させねばならないなんてことはありません。1969年のAbbey RoadでもHere Comes The Sunでボーカルを右側に定位させてあります……と言っておきながらですが、With the Beatlesでボーカルが片側に定位するのはそれとは違って技術的な理由からです。
当時は他にもGerry and the Pacemakersの1stアルバムやBilly J Kramer with the Daokotasの1stアルバムなども同じ理由で歌と演奏が泣き別れのステレオとなっています。