東日本大震災においても、官邸に対して記者会見のオープン化を訴え続けた上杉氏。その行動にはまったくブレがない。当初、官房長官・東電を批判し続ける上杉氏に対し、ツイッター上で罵詈雑言が飛び交ったが、結果的に氏の行動が正しかったことが証明されている。
本書は、ウィキリークスをメインの素材として扱いつつ、それが情報統制を行い続けている日本の官報(財)複合体に突きつけたことを克明に解説している。
本書に繰り返し出てくるのは、暴露とスクープの違い。ジャーナリズムにとって内部告発情報(リーク)は不可欠だが、同じリークでも、既存大手メディアが扱うと「スクープ」扱いになり、ウィキリークスなどのネットメディアが扱うと「暴露」とされる点(含む「尖閣ビデオ」)。本質は同じなのに、なぜ扱いが違うのか、既存メディアのどこを見ても、答えは載っていない。
今回の震災でも、初期の段階では官房長官会見、東電会見と、それを批判的に報じようとしないメディアによって、原発の問題は矮小化されていた。ところが、ツイッター上の様々な議論、現場に近い人の生の声、海外メディアの報道内容などによって、徐々に情報統制の内側が暴かれていった。初期段階からちゃんとした情報公開がなされていれば、原発事故への対処がより的確にスムーズに行われていたと思うと、悔やまれてならない。
ウィキリークス(それに加えてツイッターなどのソーシャルメディア)の登場によって、情報は隠せなくなった。ではそういう世界において、政府や企業、メディア、そして個々人はどのように生きていくべきかが、本書には書かれている。
個人的に興味深かったのは以下の点。
・アノニマスの活動。
・民主党の情報公開姿勢(枝野さんは実は官房長官会見をオープンにしていたこと)。
・自由報道協会(仮)について。
・ツイッターデモ。
・ウィキリークスは、タイミングを選んでリークする。実際、今回日本の原発関連の公電リークがあった。
・海外でも、首相会見は日本の記者クラブが囲い込む。そのため、海外メディアは、日本の首相が何を言い、何をやったか、一切報じるすべがない。
・海外でも、既存大手メディアが深刻なジレンマに陥っている。