前成説が支持されたのは17~18世紀にかけての約1世紀。もちろん敗北した理論だが、顕微鏡の発明などで生物学が大転換期を迎えつつあるなか、生命の誕生という神秘をめぐってさまざまな議論が交わされた。いわば進化の過程で絶滅した恐竜のような学説、前成説。それが本書のテーマである。
著者はハーバードでS.J.グールドに師事した発生生物学の大学教授。小説の執筆やポップスの作詞もこなすポルトガル出身の美貌の才媛である。本書は時系列ではなく、「卵子対精子」の闘争を軸に構成されている。まだ細胞の存在さえ知られていなかった当時、議論の中心は卵子や精子そのものだった。前成説が支持された時代の思想的背景をあぶり出しつつ、古代エジプトから現代生物学までを縦横無尽に行き来して、科学革命期における科学、宗教、哲学の本質を深くえぐり取る著者の手腕は、さすがというほかはない。
現代からみれば極めて珍奇な発見、学説はもとより、どんな説明でも可能な状況下で私たちがどのように思想を作り上げるかという点が興味深い。生物学に関心のある人は当然ながら、一般向けの知的な読み物としても確かな手応えのある大作だ。(齋藤聡海)
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卵子の中にあるホムンクルスがどこからきたのか、前成説は何も説明しない。
そこにあるのは説明のレベルを先送りしようとする無限後退に過ぎず、現代で
は打ち捨てられた愚かしい理論の一例として語られることが多い。
しかし、前成説の持つ説明の後退は無限ではなく、世界の終わりまで続
く生命の系譜が神により(イヴの卵子に)予め準備されていたという、
「このうえなく賢明で、このうえなく力強く善なる」作用であり、決定論的
な世界観の嚆なのである。
著者のクララピント‐コレイア女史は17-18世紀の古い文献を中心に
丹念に献猟し、前成説が時代の先端の理論として科学的な議論や好奇心
を惹起し続けてきたことを力強く描写していく。そして、「現代的な」
科学によって提唱されている遺伝子をセントラルドグマとみなす決定論
的な考え方にも一石を投じており、科学の持つ説明性とは何かを考える
上でも極めて重要な著作である。
訳者による後書きも全体の構成をうまく捉えており、こちらを先に読む
と本文の理解にも大いに役立つ。
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