ジャック・フィニィ原作の4度目の映画化。
1956年には、アライドアーティスツ社から
『ダーティ・ハリー』のドン・シーゲル監督で、脚本にはサム・ペキンパーがいたりして
骨太でノワールなSF映画の古典として有名。
1978年には、20世紀フォックス社から
『ライトスタッフ』のフィリップ・カウフマン監督で、カルトな一品として熱烈なファン
を獲得。
1993年には、ワーナー・ブラザース社から
『バッド・ルーテナント』(第1作目)のアベル・フェラーラ監督で、何故かアメリカ
本国でも僅かな劇場での限定公開という扱いを受けてしまった不運の名作。
そして
2007年、再びワーナー・ブラザース社から
『esエス』の監督を迎えて、脚本には『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟も加わり
侵略の結果がどうなるのかという、これまでのリメイクでは見られなかった展開。
劇中、CNNやFOXニュースが、その恐ろしい?成果を時々刻々と報道していきますが
、物語では、その展開に対して、特別なコメントもなく、しかも、台詞が被っているので
見逃してしまうかもしれません。
それにしても、4度も映画化されるという、この作品の重層構造は見事です。
1作目は、共産主義の脅威が、2作目は、カルト教団の脅威、3作目は、ちょっとはっき
りしないのですが、本作では、表面上は未知のウイルス、そして、キリスト教原理主義の
脅威?を連想させながら、同時に、離婚した夫婦の子供の奪い合い、3作目では、再婚し
た父と継母と子供のむずかしい関係(「お前はママじゃない」)なども連想させて、唸ら
せます。
そして、本作では、結論として、逆説的な命題が提示され、視聴者は途方に暮れることに
なるでしょう。