秋草海軍一等水兵殿の硫黄島攻防戦は地獄であったが、黒岩陸軍上等兵殿のインパール作戦も最悪の戦場での地獄だった。なにしろ敵は英・印軍ではなく、どうしようもない司令官は当然として、横暴な下士官や古参兵、そして飢えと病気である。黒岩氏の所属部隊は独立輜重兵第二連隊第三中隊、447名の内死亡314名、少尉以上の将校の死者はない。険しい山岳地帯を行くに靴は最早なし。毛布を切って足に巻きつける兵、裸足で歩く兵、上半身裸の兵、軍袴はボロボロ、フンドシ姿の兵、とてももう軍隊の姿ではない。死体はたくさんあるが靴は履いていない。既に退却した部隊の兵が取っていったからだ。この地獄では歩けなくなった時が運命の分かれ道だ。(1)将校は担架で運ばれる。(2)下士官と古参兵は付添い兵付きで落伍できる。(3)下級兵士はその場で自決を強要され、銃か手榴弾を手渡される。自決を拒めば射殺され、或いは衛生兵から注射をされる。歩けなければどうであろうと死ねということだ。この地獄は第十五軍司令官の牟田口廉也中将の杜撰な個人的な計画の結果だ。そしてその作戦を許容したビルマ方面軍司令官の河辺正三中将の責任だ。この二人のコンビについては、半藤一利著「指揮官と参謀」文春文庫をご参照。軍の中の私情という人間関係重視、組織内融和優先という個人と組織の完全な失敗例として、その犠牲が全て下級兵士にきたものである。