「インターネット的」世界については、さまざまな観点から説明されている。その特徴には、「リンク」「フラット」「シェア」という「3つの鍵」があるとしている。人と人との自由意志的なつながりや、満足し合い、分け合うという意識などが、そこでの重要な価値になっているというのだ。糸井自身が生きてきた広告・メディア業界を支配する価値観、プライオリティーは、その対極にあるものとして批判的に語られている。さらに、信頼や本音の関係を基礎にした「インターネット的思考」や、消費の立場から「クリエイティブ」を実現する方法などの行動指針についても提言されている。体験から「ワン・トゥ・ワン」「消費者主権」といったビジネス用語のウソを暴く記述などもあり、おもしろい。
インターネットの可能性やその未来像を論じた書物は数多いが、本書は2つの点で際立っている。ひとつは、文科系の視点しかもたない職業的コピーライターの手により、インターネットが鮮やかに表現されている点である。もうひとつは、論じられる世界を著者が実際につくり出し、すでに生きている点である。いまだ「実験中」という雰囲気が漂っている、生々しさのある書物と言えるだろう。バラ色のインターネット観と現在進行形の説得力、そして世界を語る熱気が印象深い。(棚上 勉)
周知の通り、著者は著名なコピーライターだ。自らが立ち上げたWebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営していくなかで考えたこと、感じたことを淡々とつづっている。語り口はやさしく、インターネットに触れたことがない人にも理解しやすい例えが多用される。インターネットの本質を「リンク、フラット、シェア」とするのは、ネットに触れた人には常識だろう。しかし、それを「これまでの社会でも当たり前にあった助け合いの態度」と説明するあたりが、著者の真骨頂だ。そのほかにも、分かりやすい例えや比較が多数出てくる。インターネットに漠然とした不安感を抱いている人は、インターネットといっても、今までの社会と対して変わりないと感じて安心するだろう。
しかし、著者の代表作が西武百貨店のコマーシャルに使われたコピー「おいしい生活」だったことを思い出そう。なんとなく分かるが、「おいしい生活」の中身は、読んだ人それぞれが作らなくてはならない(それは西武の売る商品ですよ、というコピーだったわけだが)。
同じことが本書にも言える。インターネットというものを万人が納得する言葉で説明しているが、「それで、インターネットは自分にとって何なのか」と考えずに安心しただけの人は、自分でも知らないうちに思考停止におちいってしまうだろう。結果、ものの見事に社会の変化から置いてけぼりになるのである。
安心するためにではなく、自分なりの考えを固めるために、読むべき本だ。
( 松浦 晋也=ノンフィクションライター)
(日経パソコン 2001/10/15 Copyright2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ある意味近代批判の本ではないか,
By カスタマー
レビュー対象商品: インターネット的 (PHP新書) (新書)
インターネットを、人や社会を本当に豊かな道具にするためのヒントを提示した本です。車などと同様に、インターネットという道具は人間関係や 社会関係に変化をもたらしますが、その点をとらえて「インターネット的 」といっています。ではそのインターネットという道具により既存の人間 関係・社会関係がどう変わるのか、変えられるのかを、著者のwebサイ か。近代が生み出した、企業、消費社会、大衆!社会のあり方を、インター
11 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
危機感が自分を救う,
By 僕のスイッチ。 (大阪府堺市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: インターネット的 (PHP新書) (新書)
じつは、危機感が自分を救う。ここ最近、そんな気がする。 糸井さんが、ほぼ日をはじめられたのも、 「いまのうちに変わっとかないと、 大滝詠一は人生に必要なものは覚悟だ。 決めることで、転がっていくのが人生だ。
9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
日本は「フラット」に向かうのか階層社会に向かうのか,
By
レビュー対象商品: インターネット的 (PHP新書) (新書)
インターネットとインターネット的の違いは、「自動車とモータリゼーションのちがいみたいなもの」コピーライター糸井氏が自らが主催するサイト「ほぼ日」での経験をベースに、インターネットすらいらない「インターネット的」なものの考え方を提起する。 糸井さんの文章は、「きどらず、偉ぶらず、語りかけるような」という点で非常に読みやすいですし、共感がもてます。 氏は「リンク」「フラット」「シェア」をインターネット的なもののキーワードとして挙げています。これらは、『下流社会』などで語られる「階層分化」「格差の拡大」「富の集中」と対極にあることばです。 社会的な地位や資本の論理によらず、だれもが「クリエイティブ」として、自由に自分の体験や考えを発信し、シェアし、つながっていくオープンな社会への動きと、社会階層の固定化が進んでいく動き、どちらが日本の近未来の姿なのでしょうか。 糸井さんがいうところの「正直者がバカをみない」社会の方が、「ヒルズ族」と「ニート」というように分かれ対立する社会よりも魅力的であると思います。その意味で、最近のBlogやSNSの隆盛は、ひとりひとりが表現者として活躍できる場を拡げている非常に「インターネット的」な現象なのでしょう。ここのレビューに僕も稚拙な感想文を書き散らすことができるのも、正に「インターネット的」なものの効用です。 最後に、個人的に一番面白かった記述を紹介。現代は、生産者ではなくユーザーが商品のブランド価値(評判)を決めることも多い。「バーキン」しかり、「ケリーバック」しかり。そこで「それが「よい」と判断した場合には、シャネルに「ピン子」というバッグが登場する可能性も、あるでしょうね。」 吹きました。
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