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雑誌や新聞、ノンフィクション系の本を眺めてみると、その多くはインタビューをもとに成り立っていることがわかる。その名のとおり「インタビュー」として扱われているものはもちろん、それ以外のものも取材や調査という形で人から話を聞き、まとめられたケースばかりだ。そんな身近にあるインタビューの舞台裏を、気鋭のフリーライター・永江朗が軽快な筆致で書いたのが本書である。
前段では、インタビューに向かうまでの下準備からはじまり、話し手からどうやっておもしろい話を聞き出し、そしてどのように再構成して形にするかなど、インタビューする側からのテクニックを指南する。また、後段では、さまざまなインタビュー本を取り上げ、語り手と聞き手の思惑、読み手の好奇心を交錯させながら、インタビューを読むおもしろさに迫っていく。
「しょせんインタビューは虚構だ」と著者は言う。話し手の言葉は発表するスペースが限られているから100%生かされる訳ではないし、編集という作業の中で話の流れや言葉尻まで変えられてしまう。だからこそインタビューする側は話し手の本質を伝える技量を磨かなければいけないし、読み手もそのことを認識する必要があると著者は繰り返し説く。
私たちは日常でさまざまな人間と接し、そこで見聞きしたことをまた違う人に伝えている。日々がインタビューの連続のようなものだ。そして悪意や善意によって対象の本質が歪められて伝えられてしまうことも多々ある。ウワサ話などはそのいい例だろう。そう考えると、本書は人と人とのコミュニケーションを見直すきっかけにもなるかもしれない。(斉木 厳)
出版社/著者からの内容紹介
インタビューがわかれば世界がわかる!
危うくも楽しい活字ライブの舞台裏とは――
いかに話を引き出し、書くか、豊富な現場体験と名インタビュアーの技に学び、その方法論と味わい方を伝授。
インタビューの舞台裏を想像する――
あらゆるところにインタビューがある。私はいつも、インタビューを読みながら考えてしまう。
「本当にインタビュイーはこんなふうに言ったんだろうか」
「インタビュアーはもっと別の聞き方がなかったのかな」
「このときの話し手・聞き手、それぞれの表情はどんなだっただろう」
インタビューの裏側、文字や音声や映像にならなかったことについて思いをめぐらせることによって、インタビューだけでなく、情報の読み取り方がわかってくるような気がするからだ。
過去のすぐれたインタビューを読むことは、1人の読者として、1人の視聴者・聴取者としてメディアに接するときの、ある態度のようなものを鍛えていく。それよりなにより、すぐれたインタビューやおもしろいインタビューは、読んでいても楽しいではないか――(本書より)
危うくも楽しい活字ライブの舞台裏とは――
いかに話を引き出し、書くか、豊富な現場体験と名インタビュアーの技に学び、その方法論と味わい方を伝授。
インタビューの舞台裏を想像する――
あらゆるところにインタビューがある。私はいつも、インタビューを読みながら考えてしまう。
「本当にインタビュイーはこんなふうに言ったんだろうか」
「インタビュアーはもっと別の聞き方がなかったのかな」
「このときの話し手・聞き手、それぞれの表情はどんなだっただろう」
インタビューの裏側、文字や音声や映像にならなかったことについて思いをめぐらせることによって、インタビューだけでなく、情報の読み取り方がわかってくるような気がするからだ。
過去のすぐれたインタビューを読むことは、1人の読者として、1人の視聴者・聴取者としてメディアに接するときの、ある態度のようなものを鍛えていく。それよりなにより、すぐれたインタビューやおもしろいインタビューは、読んでいても楽しいではないか――(本書より)
内容(「BOOK」データベースより)
危うくも楽しい活字ライブの舞台裏とは―いかに話を引き出し、書くか、豊富な現場体験と名インタビュアーの技に学び、その方法論と味わい方を伝授。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
永江 朗
1958年、北海道生まれ。法政大学文学部哲学科卒。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜するフリーライター。インタビューや書評を中心に取材・執筆活動を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1958年、北海道生まれ。法政大学文学部哲学科卒。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜するフリーライター。インタビューや書評を中心に取材・執筆活動を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)