「イルカ好き」の一方、そのイルカへの過剰な思い入れから意識的に距離を置く著者が、イルカと人間との様々な関係を取材して回った労作。特定の立場に偏らぬよう、筆遣いはあくまでも慎重だが、実は私は本書を読んで改めて、「著者はイルカが好きなんだなあ…。」とも感じた。
同じ「イルカ本」でありながら、色々な意味で、本書の1ヶ月前に上梓された光文社新書『
イルカを食べちゃダメですか?』とは好対照な本である。元々から「イルカ好き」だった著者が、イルカを追いかけるうちに「イルカに関わる人間」の方に目を向けて、世界中の様々な場所をほぼ同時期に見て回った結果として生まれた本書と、元々はイルカの行動観察が仕事の研究者が、何時の間にかイルカを追いかける漁師さんたちを好きになった挙句、同じ場所に20年以上も通い続けて書かれた『
イルカを食べちゃダメですか?』。二冊を比べて読めば、我々は、このイルカという野生動物を巡る人間同士の不思議な対立について、ますます広い視野を得ることが出来るだろう。
ちなみに、私が個人的に一番共感したのは、ドルフィンスイムのガイドをしつつ、「どうしてイルカってあんなに人気あるのかね。」と疑問を抱いてしまう御蔵島の漁師さんの言葉である。ウォッチングツアーにも参加し、野生のイルカと泳いだ経験も持つ一方で、イルカそのものには他の動植物と同じ、単なる野生生物の一つとして以上の価値を見出せない私には、実に腑に落ちる話だった。イルカに何か特別な価値があると思うのは、むしろイルカ自身とは関わりない、人間のエゴに過ぎないのだろう。本書の取材は既に15年近く前のことなので、現在の御蔵島の人々がどう考えているのか、ぜひ追加取材が欲しいと思った。
しかし末尾、「文庫版のための少し長いあとがき」で著者が示した4象限のマトリクスには、私は個人的には異議を唱えたい。縦軸をなす「自然・生態系全体の保全志向」と「個体志向」との間に、「特定種(例えば「イルカ」とか「クジラ」とか)の保全志向」というレベルが抜けていると思うからだ。そして実は、私の見る限り、日本と海外とを問わず、現在の野生動物保護活動の多くは「生態系全体」まで至らずに、「特定種中心」のレベルに止まっているところに問題がある。要するに(建前はどうあれ本音では)生物多様性の視点を欠いて、「(自分にとって特別な価値や関心のある)特定の種」ばかりに意識が集中してしまうところが問題なので、そこを跳び越してしまう著者の分類は、却ってミスリードになるのではないだろうか。その点を考慮して、星ひとつ減点したい。