著者は、2005年にテヘラン特派員を命じられた時、アラブとイランの見分けもつかない程度の認識だったそうである。インドとパキスタンに駐在していたジャーナリストとしてはいかがとは思うが、それが功を奏してか、先入観の無いイラン経験を得ることになり、一般に流通している情報と実際の体験のギャップを軸にアフマディネジャド期4年間の滞在経験から現在のイランの本質に切り込もうとしている。
かくいう私は、これまで結構な量のイラン本を読んでおり、日々在イラン日本人のブログを読み、イランも旅行し、イラン料理店の店主などから情報を得ているので、今ではアマゾンのリコメンデーションにイラン関連本が上がってこなくなっており、本書には「今更何か得るところがあるだろうか」と思ったものの、目次にある「アメリカ悪行博物館」に興味をそそられ読んでしまった。アメリカ悪行博物館は、ソウルにある「西大門刑務所歴史館」や中国の「南京大虐殺博物館」のような感情的誇張溢れる内容か、または、世界各地の政権転覆などに関与してきた米国悪行履歴かと思っていたら、意外に普通に革命前までの大使館とその機密資料(しかしその内容はイランにとっては悪辣な政策企画・指令が記載してあるものなのだが)を保存してあるだけで拍子抜けだった。
本書でも記載されているが、イラン人はアラブ人と一緒にされるのは最大の侮辱とされる程「自分たちは白人」だと考える人は多く、欧米文化に惹かれている。この辺の事情は
イラン人は神の国イランをどう考えているかでよく看取できるところだし、映画などはかなりハリウッド的なものも多い(イラン旅行時に見たイラク戦争映画は、最初「ランボー」かと思う様な戦争活劇だった)。「アフマディネジャドは初の非聖職者大統領」という事や、今ではすっかり秘密警察に抑圧されている感のある社会も、同大統領2期になってからの話で、一期は寧ろ風紀開放は進んでいた、など本書をを読んで思い出したことも多々あった。
そんな白人崇拝のイランで革命時聖職者が主導権を取ったのは、地方の町では識字率も低く、知識人といえば聖職者で、民衆の問題を良くわかっていたから、都会の知識人や学生よりも支持を得たわけで、革命後の成果として地方の識字率が上がった反面聖職者が私腹に走り堕落し、民衆と乖離したことから現大統領の支持につながった事情なども簡潔に記載されている。民主主義の捉え方も、白人崇拝知識人と一般大衆とは若干異なり、欧米が理解し易い白人崇拝知識人と聖職者の対決という構図だけ見ていては、今後の動向は測りがたいといえる。本書はこうした国内事情や対米対イスラエル政策事情を的確に記載してゆくが、ひとつ大きく不足していると思われるのはここ数年で大きく強まった中国との関係に一言も触れられていない点。「米国への意識過剰」は、「イランを大国として認めてもらいたい」という意識にもつながり、米国がイランにつけいるポイントだと思うのだが、いつまでも関係修復が進まないと中国がイランの誇りを保証し、「米国へのこだわり」が低まる可能性がある。こうした観点から、近年の中国との関係も記載が欲しかった。
最後に。本書は一方的なイラン寄りの記述なのか?との疑問もよぎるものの、裏を取ることこそがジャーナリストの仕事なのでそこは信頼できるのではないかと思う。本レビューの表題に掲げた著者の言は非常に好ましい。