イラク市民15万、米兵4千、ジャーナリスト130人。この5年間でこの地で犠牲になった人々である。何故、アメリカは戦争を始めたのか?何故、5年以上経った今もなお、イラクに駐留し続けるのか?冒頭で、筆者は問いかける。そして、それは、大量兵器でも、石油利権でも、対テロ戦争でも、中東の民主化でもなく、ある目的の為と結論づける。
筆者は2003年よりイラクに幾度となく滞在し、何度も危ない橋を渡りながら、フセイン政権陥落以後の混乱状態が続くこの地を取材、目撃、体験し、生命の危険に晒されながら、最前線に残って記事を発信し続けた。
フセイン体制終焉後も一向に良くならない生活。駐留米兵による略奪、暴力、殺人。他国のイスラム過激派も参入したスンニ派とシーア派の内戦激化。テロ活動の増大、外国人排斥。この5年間のイラクの“歴史”が、多くの人々の証言を交えながら、生々しく記述される。
アブグレイブ収容所での米軍の虐待、サダム・フセインの末路、犠牲になった日本人外交官やパックパッカー、イラク傀儡政権の腐敗、そして後を絶たない自爆テロに志願する人々。ニュースで断片的な情報しか知り得なかったこれらの事件の背景が語られ、様々な思惑、憎悪、狂気から複雑混沌化している情況が見えてくる。米軍の強圧、懲罰的なスタンスが、イスラム過激派の格好の煽動材料となり、ごく一般のイラク人をイスラム教の過激思想が入った抵抗運動に駆り立ててしまったとの発言は重要だ。
冒頭の筆者の問いかけ、取材活動から導き出された“真の理由”とは何なのかはお読み頂きたいが、結局行きつく先はそこなのか、今正にパレスチナで続けられている“出来事”へとリンクしていく事への底知れぬ虚しさを感じずにはいられない。
折りしもオバマ大統領就任真近、未曾有の金融恐慌に隠れてしまった感があるが、その公約通り米軍のイラクからの撤退は果たして実行されるのか、ただ祈りつつ見守りたい。