幸せな新婚生活が、ケーキの行方不明というごく小さな出来事で、なにかがズレてくる。
アリス・マンローは、こうした「決定的瞬間」「分岐点」を描き出すのがとてもうまい。
しかもそうした瞬間は、他の人には決して分からないような一瞬に、ごくごくありきたりな日常の出来事の中に起こる。
何も変わっていないように思えるのだけれど、それまでとは何かが決定的に変わってしまった、という感じに。
時間軸が10年単位であちこち飛ぶものだから、最初はそのテンポにとまどうけれど、そのうち長編映画でも見ている気分になってくる。
読みにくいと感じる部分もあるが、一文一文が、手のひらにじわりとくる重さを持っている。
おすすめは、物語としておもしろい「恋占い」、情景描写が美しい「浮橋」、最後の一文に収束する「クイーニー」。
同じクレストブックスから出ている女性作家、ジュンパ・ラヒリと似たような雰囲気を持っているけれど、アリス・マンローの作品には、人生を眺める大きな時間軸がある。
それは、75年という人生経験の差かもしれない。