本著はイラク現代史を軸に据えたフセイン大統領と米国の関係史である。四半世紀足らずの歳月の間に、蜜月から対立へ劇的な展開をみせたプロセスの一部始終を著者は克明に追う。バグダットで暮らし、現地社会を知り尽くした著者の見聞が政治分析により深い説得力を与えている。イラクでは夜警や警備員になる地方出身者が多い。持たざる者が権力に接近する近道は、夜警や警備員をステップに治安や諜報関係機関に職を得ることだからだ。こうしてコネや仲間を通じて引き上げてもらうや、彼らはフセイン大統領の忠実な支持者となり、密告、内通、たれこみといった監視ネットワークの構成要素となっていく。
同大統領の支配形態の変遷についての分析も面白い。石油収入がふんだんにあった時は、富をばらまく現実主義的なポピュリスト。湾岸戦争後、石油輸出に足かせがはめられてからは、自らを歴史上の英雄に重ね、横暴な大国(米国)に独り立ち向かう殉教者のイメージ作りが中心となったという。米国が自らの敵(イラン)に対抗させるため利用した地域勢力が、米国に対して牙を向くようになった点でフセイン大統領はビン・ラディンと相通じる。「イラク戦争後のいま」を理解するうえでも必須の1冊である。(西川恵)
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『家族の半分をフセイン政権の弾圧で亡くし、残り半分をアメリカの空爆で亡くしたような、
市井のイラク人たちの「どちらも、もうたくさんだ」という声はどこにも届かない。』
ーというくだりが、心にしみる。
が、この文章を、感情的に受けとめるだけではいけないのだという事まで、気づかせてくれる本である。
日本におけるイラク研究の第一人者の手になる本書は、イラク問題を考える際には必ず踏まえておくべき基本書だろう。この本が明らかにしてくれている「アメリカ知識人が陥った陥穽」は、私たちにとって他人事ではないのである。
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