当該分野の技術者が読めば、全然分っていないねで終わるので害はないのですが、そうでない人には一見もっともらしく映るかもしれません。現場を知らない学者たちが机の上で既存の理論の「モジュール」を並べて繋いだだけに感じます。
第4章の論文を例に説明します。冒頭から連続して引用し、一文毎に感想を書きます。
本書 本章で展開するロジックと結論を先取りすると、以下のとおりである。
注釈 以下、結論とそこに至る論理の展開が述べられます。
本書 製品には、摺り合わせ型(インテグラル)アーキテクチャとモジュラー・アーキテクチャの製品がある。
感想 製品が二つの「型」にきれいに分かれるのでしょうか。摺り合わせとモジュールという、二つの基底要素の一次結合(つまり、「製品の製造技術の様式」=a×「摺り合わせ要素」+(1-a)×「モジュール要素」)と見るべきです。余計なことかもしれませんが、文章も幼く見えます。たとえば「製品には・・・製品がある」など。詩人になれとは言いませんが、もう少し論理的な文章を書いて欲しいと思います。
本書 製品アーキテクチャと組織能力の間には相性があり、日本企業は摺り合わせ型製品に、新興国企業はモジュラー型製品に適した組織能力を持っている。
感想 前半は重複するので不要です。後半はこう断定して良いのでしょうか。新興国の技術もすり合わせ化してきています。
本書 新興国企業のキャッチアップ期間が短縮したのは、モジュラー型製品が増加したことによる。
感想 モジュールの要素が増加したのは事実ですが、それだけが原因でしょうか。
本書 しかし、モジュラー型製品が増加したのは、すり合わせ型の技術ノウハウが、ファームウエアや特定部品、あるいは生産設備に埋め込まれた(カプセル化)からである。
感想 たとえば、アナログからデジタルへ、あるいは機械部品から電子部品への移行の過程で、何かが埋め込まれましたか。
先進国は「摺り合わせ型」、新興国は「モジュール型」という二元論だけでは説明できないように思います。上に少し書きましたが、技術自体がモジュール化を容易にするように進化したこともあります。
さらに、一番大きいのは人材の流動化です。新興国の企業は日本企業を退職した若手や中高年の技術者から技術を積極的に吸収しています。かつてハードディスクの工場を建てたとき現地の技術者を採用しなかったのは、雇用の確保のためです。その原則を捨て、人材も捨て、捨てた技術者が敵に送る塩になったのです。
解雇した技術者の代わりに派遣技術者を補充しました。もはや社内でノウハウの開発はできず、装置メーカーに工程の開発を丸投げしました。生産設備に埋め込まれた部分(自動化など)もあるかもしれませんが、設備を導入して電源を繋げば製品が出来るというものではありません。装置メーカーがそのノウハウを新興国の設備の立上げのときに伝えているのです。
この論文に限らず、考察の多くが浅いのです。大先生の説は疑わない、何か一つ思いついたら考えるのを止める、他人の論文をモジュールのごとく集めて来て並べただけ。国民の税金を使い、将来の日本の柱となるべき学生たちを預かり、明日の日本の技術を育てる土壌を作る仕事をしていることを忘れないでください。もっと広く、深く、長く考え、真に役に立つ提言をしてほしいと思います。