本書は、どうしたらイノベーションを生み出せるのかと、日々、現場で悪戦苦闘している経営者や社員に、指針を与えてくれるものではない。
ミクロ的には、IBM も、マイクロソフトも、ソニーも失敗した、ソフトバンクの成功は偶然だった、どうすればイノベーションに成功するかは事前には分からない、として、起業における成功率の低さが示される。これを読んで、自分も起業しよう、と思う者はいないだろう。
マクロ的には、規制緩和、政府は知的財産権の保護も含め積極的には何もしない方がいい、というだけである。
特に、第1章は、『イノベーションはどこから生まれるのか』と題し、認知科学的なことなどがいろいろと書いてあるが、この第1章とその後の第2章以下とが有機的に結びついていない。第2章以下にも「パラダイム」、「フレーミング」といった言葉は出てくるが、仮に第1章がなくても、第2章以下の記述は全く異ならなかっただろう。
各ページには切れ味鋭い論説や幅広い知識が詰め込まれていて、雑学的には非常に面白いのだが、1冊の書籍、1つの体系的思考として浮かび上がってくるものがない。本書でも引用されるクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』と対比すれば、真の研究とは何か、真の思考とは何かが、自ずから明らかになるのではないだろうか。
既に言い古された、iPhone や iPad はありふれた技術を組み合わせてイノベーションを起こした、ということが、本書でも繰り返し述べられる。しかし、少なくとも『知の世界』においては、公知の情報を寄せ集めただけでは何も生まれない。本書は、その好例ではないだろうか。