これはイチローの目を通した大リーグの物語である。
メジャー・リーグへの憧れ。キャンプでのフォームの微調整。開幕戦での今やライバルともいえるティム・ハドソンとの対決。夢にまで見た初ヒット。世界最高のピッチャー、ペドロ・マルチネスとの真剣勝負。超高度なバッティング理論。シアトル51番の先輩、ランディ・ジョンソンとのオールスターでの顔合わせ。同時多発テロ。優勝……プレーオフでの敗戦……。中身のぎっしり詰まった傑作とも言っていい作品だ。
この本の素晴らしさは、一にも二にもイチローの肉声にある。彼はどうのようなアプローチで大リーグに挑むのか。何を考えながら相手投手に相対するのか。ペドロやティム・ハドソン、ロケットをはじめとするヤンキースのピッチャー、そして大リーグの長い歴史、伝統、さらに、すべてを吹き飛ばし、世界中を驚愕させた多発テロの後、彼の目に大リーグのベースボールはどう映ったのか。
ベースボールの魅力というのは多岐にわたっている。ボールパークの美しさやファンの素晴らしさも大きな要因だ。しかし、その最大の魅力がプレーそのものにあることは、日米を通じても変わらない、と私は思う。だが、そのプレーの奥行きに迫った作品というのは、実は、そうない。外からプレーを見ているジャーナリストにはやはり限界があるし、選手本人が書いたとしてもボキャブラリーに限りがあったり自分のなかで整理がついていなかったりする。
この作品の優れている点は、著者が野球に情熱を持ち、知識的にもしっかりしていて、そして、なによりも稀代のプレーヤーの信頼を勝ち得ているところにある。イチローにしても野球そのものを知らない人間にプレーなど語る筈もなく、相手の情熱を感じてひとたび話し始めれば、自分のプレーを語る「生きた言葉」を持っているのがイチローというプレーヤーなのだ。そして、その証がこの作品なのである。