日本におけるイスラーム思想研究の第一人者である井筒俊彦氏の比較的初期の著作で、色あせない一冊。
昭和16年興亜全書「アラビア思想史」と昭和23年世界哲学講座「アラビア哲学」を昭和50年に改編したもので、
13世紀までのイスラームにおける「思弁神学」、「神秘主義思想」、「イスラーム哲学」について論じている。
この時期のイスラーム思想はアヴィセンナ(イブン・スィーナー)やアヴェロエス(イブン・ルシュド)らが訳され
西欧スコラ哲学に多大な影響を与えたことは殊に有名であり、従ってその延長にある現代世界との縁は深い。
西欧哲学史ではプラトン・アリストテレス・プロティノスと来て、ローマ帝国末期のアウグスティヌスへ続いたのち、
いきなり13世紀のトマス・アクィナスとなってしまうが、その間はイスラームとビザンツとが隠れた牽引役である。
しかし、イスラーム思想の真の醍醐味、すなわち本著の核心は、スコラ哲学へと続く流れではない。
プロティノスの系譜を継ぎ、イスラーム世界で深い熟成を経た神秘主義的照明哲学こそが特筆するに価しよう。
元はグノーシス色の強いシリアキリスト教の苦行僧からの流れのようだが、そこにイスラムで興隆したギリシア哲学、
とりわけ新プラトン主義による思想の蒸留があり、更にはインド哲学の梵我一如メソッドが鮮烈な精錬をもたらす。
本著の最後には、バスターミーの残された言葉を駆使して「神人合一」の極限的境地に至るプロセスが示される。
これに興奮しない形而上学的人間は、一人としていないはずだ。