前著「恋するアラブ人」に比べると9・11以来避けて通れぬイスラームの時事問題に向き合った論考が多いといえます。
そのひとつひとつを読むにつけ、イスラームに関して読み手の私自身がかかえている思い込みや無知を見透かされた思いがし、また同時にイスラームに限らず宗教や言論の自由について大変教えられるところの多い読書体験を得ることができました。
デンマークの風刺漫画がムハンマドをテロリストとして描いて国際的にも議論の的となった事件がありました。この風刺漫画を擁護する人々は、表現の自由を盾にすることが多かったようですが、著者はこう記します。
「宗教を抜きにしても、表現の自由には限界がある。その境界線を引くのは、私たち人間の品位だ。人の品位に文化の違いはない。」(31頁)
あの漫画事件は厳格な宗教か、それとも表現の自由かというレベルで論じられましたが、その議論のレベル設定自体が誤っているという内省が必要でした。品位のない表現に自由はない、とする著者の弁は大変示唆的だと思います。
また、幼少時代をすごしたエジプトの学校での愛国心教育から論を起こして、やがて日本のそれについても筆を進める著者の文章にも私は大いに頷くところがありました。
「日本の文化の良さを自ら認識する感性を持たずに文化に対する誇りだけを教えられても、そんな愛国心は空虚な砂の城でしかない。逆に、祖国の文化の素晴らしさがおのずとわかるだけの感性と想像力と教養を育めば、それを尊重するようにわざわざ誘導する必要はない。」(166頁)
愛国心などという型どおりで表面的なものではなく、国を自然と愛するにいたるだけの土台となる普遍的な感性と想像力と教養こそが必要だとするこの思考法の中に、日本とアラブという二つの世界の言葉と文化を往来する中で著者が養った心の健全さや奥深さを感じないではいられません。