本書によれば、日本語で「聖戦」と訳されている「ジハード」は、神の定めた正義を実現するために、福祉を向上させ、地上的拡大をはかる「努力」のことだという。7世紀、ムハンマド(日本で一般にいわれているマホメット)が「アラブの島」で宣教を始めたころのイスラム共同体は、商業権益と生活権を守るために戦わざるをえなかった。15世紀以降は、ヨーロッパ世界がイスラム世界を植民地ないし半植民地として支配するようになり、以来今日まで、イスラム教徒は抑圧者と戦う「努力」を強いられてきた。ヨーロッパ世界とイスラム世界の関係を理解するうえで示唆的なのは、日本で最初にイスラム教に共感したのが、山田寅次郎、若林半、頭山満、内田良平、大川周明のようなナショナリストだったことである。彼らは西洋列強(キリスト教世界)に抑圧されたアジアの諸民族(イスラム世界)に東洋人として共感した。本書冒頭の章「イスラム世界と日本」が指摘するこの事実は、今のイスラム世界を見るうえでも重要な視点ではないだろうか。
本書は、タリバンには触れてはいないが、「ジハード(努力)」が「聖戦」に変移していった歴史状況と、タリバン的政治運動を生むイスラム世界の精神状況を、あくまで客観的に解き明かしている。(伊藤延司)
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