本書は16世紀カトリックの代表的神秘家の1人であるイエスの聖テレジア(アビラの聖テレサ)の最初の主著である。
従って、彼女の思想を知る上で、非常に重要な第1次資料であり、その意味で本書の価値は大変高い。
ただし、テレジアの著書を読むに当たっては注意を必要とする点がある。
彼女の代表的な著作はこの「自叙伝」の他に「完徳の道」「創立史」「霊魂の城」がある。
どれも日本語訳が刊行されているが、これらの本は基本的に全て、特定の目的のために、目上の指示に基づいて書かれた本であることを念頭に置かねばならない。
テレジアはこれらの本を、彼女の娘たち(彼女が修道院長をしていた修道院の修道女たち)への指導を主要な目的として書いている。
テレジアがこの本の読むことを想定していた対象者である修道女たちは、当然テレジアを良く見知っており、彼女の人となりを知っていた。
そのことを忘れて、彼女の主著だけを読むと、テレジアという人物の本来の全人格的な思想を完全に見落とす可能性がある。
何の前知識もなしに、彼女のこれらの主著を一読しただけでは、彼女はひらすら内なる神へ向かっていく祈り(念祷)へのストイックな態度を貫いているように見えるであろう。
実際、それは全くの間違いではないが、実際の彼女のありようを見ずに、これらの主著の内容だけ見ていたのでは、そこで理解が止まってしまい、彼女の人格全体を見渡す上で、歪んだ認識を持つ可能性がある。
幸い、マルセル・オクレール著「神のさすらい人―アビラの聖テレサ」という彼女の伝記が再刊されている。
彼女の著作に触れたい人はまず、こういう伝記を読んで彼女がどのような人物であったのかを知った上で、彼女の主著でその内奥に触れていくのが良いだろう。
なお、このようなことを言うと、そもそも本書は自叙伝ではないのかという疑問をいだかれる方もおられるかもしれないが、この自叙伝は目上の指示に基づいて彼女の持つ謙遜の内に綴った、彼女の娘たちへ向けて書いた内面史であり、本書自体を彼女の伝記として読むことはお勧めできない。
彼女がその生涯において守ることにこだわった、カルメル修道会の原始会則の最後は「諸徳に中庸の度を与える慎みを守るように。」で結ばれていることを忘れないことは重要である。