本書はキリスト教の三位一体の神の「三位一体」とは何を表しているのかについて、神学的な考察をした、神学者ラッツィンガー(現教皇)が一般信徒向けに行なった黙想会の内容を本として纏めたものである。
元々が一般信徒向けの内容であるから、決して神学書として読んでいて挫折するような難易度ではない。非常に簡単な部類に属する三位一体に関する入門書といえる。
しかし、非信者はともかく、本書で論じられている三位一体について、多くのキリスト教徒がどこまで理解しているのか、はなはだ怪しいことをラッツィンガー自身が表明している。
自分の信仰を理解していないキリスト教徒が多すぎるのではないか、「信仰」という言葉に逃げて、自分が「信じますと」と言っている信条の内容を、はなはだしく誤解しているキリスト教徒が多いのではないか。
そういう危惧が本書からは、ひしひしと伝わってくる。
信仰とは「盲信」することではない、ということを強く感じさせる本である。
さらに訳者の解説がまた、コンパクトに纏まっていながら、三位一体について歴史的な背景を合わせた思想の展開を概説し、「三位一体」が決して世に言われているような、ご都合主義の後付け教義などではないことを論証している。
キリスト教徒ではない一般人がキリスト教の「三位一体」を理解するのにも良い本だと思うが、なによりキリスト教徒自身がこの程度のことは最低限、理解しておくべきことだと思う。
なんでも、考えなしに「信じる」だけで事をすませるなら、それはカルトと変わらないことを宗教者には意識してもらいたい。
そう思わせるに足る一冊である。