アート・ペッパー

 

Art Pepper【アート・ペッパー】~ウエスト・コーストが生んだ人気アルト奏者~

Text : The Walker's 加瀬正之

DB's Great Album
若い頃からドラッグの問題により表舞台から遠ざかることが多かったが、50 年代から晩年 まで名盤と称される作品を数多く残している。下の3 作品以外にもたくさん聴いて欲しい!


アート・ペッパーの記念すべき初リーダー・アルバム!
asin 『サーフ・ライド(紙ジャケット仕様)』: アートの初リーダー・スタジオ・ アルバムで録音は1952~54 年。廉価なロッ クンロール・コンピ作品のようなジャケット写真は少し イタダケないが、ウエスト・コーストということで我慢してお きたい…。でも内容は最高! 20 代後半の若きアートの直球 勝負的な疾走感溢れるブロウが冴え渡り、スイング感抜群でアド リブも凄まじい! 全12 曲中10 曲がアートのオリジナルで、自 分の名字ペッパー(=こしょう) にちなんで名刺代わりに作った のだろうか… 「チリ・ペッパー」「シナモン」「ナツメグ」「アーツ・ オレガーノ」といった香辛料にまつわるタイトルを付けたナ ンバーが並んでいるのも興味深い。それぞれ曲は短 いながら、初期のアートの魅力がギッシリと 詰まっていて素直に楽しめる。




ドラッグ問題から復帰したアート・ペッパーの快心作!
asin 『ザ・リターン・オブ・アート・ペッパー』: 録音は1956 年。同時期に吹き 込まれた名盤『モダン・アート』や『ミーツ・ザ・ リズム・セクション』なども捨て難いが、ドラッグ問題 を起こし刑務所暮らしから復帰した後、最初に吹き込まれ たこの作品も忘れ難い。ジャック・シェルドン(tp)、リロイ・ヴ ィネガー(b)、シェリー・マン(ds) といったウエスト・コーストの名 手たちを従えている点も興味をそそられるが、その仲間たちがアル バムのオープニングを飾る「ペッパー・リターンズ」というタイト ルそのままに、漸くシャバの空気を吸うことができたアートを歓 迎し、明るくスインギーに盛り立てる雰囲気が伝わる。「ユー・ ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」「パトリシア」等バラードの 美しさも際立つ。ウィリアム・クラクストン撮 影のジャケット写真も渋い!



アート・ペッパーの最後のステージを収めたライヴ作品
asin 『フュエゴ』: 真っ赤なガウンを羽織いリングに 向かう老練なボクサーのように左ストレートを 放つジャケットが印象的な本作は、アートが脳溢血で この世を去る僅か16 日前、最後のステージとなった1982 年5 月30 日の『クール・ジャズ・フェスティバル』出演時の 模様を収めた記録。「ランドスケープ」「オフェリア」「マンボ・コヤ」 というアートのオリジナル3 曲を含めた計5 曲に加え、曲の合間 にアートのトークも収録されている。中でも「マンボ・コヤマ」で は17 分にも及ぶアートの白熱のブロウが味わえる。体調こそ 万全でなかったにせよ、この日の演奏が生涯最後のステ ージになろうとはアート本人も思わなかったはず。壮 絶な人生を生きた名アルト奏者のラスト・ス テージをぜひ味わって欲しい!




自叙伝『ストレート・ライフ』
1981 年に出版された『ストレート・ライフ アート・ペッパー 衝撃の告白自伝』(スイング・ジャーナル社) は、アート・ペ ッパーの3 人目の妻ローリーが生前のアートの録音を原稿に 起こし、知人・友人のインタビューや雑誌の記事などから構成 されたもので、510 ページに渡ってジャズ・麻薬・監獄・アル コール・セックスなど壮絶なまでのアートの生き様が綴られて いる。アートの音楽を語る上で、ウエスト・コースト・ジャズ全 盛期の50 年代のプレイと74 年の復帰後~晩年にかけてのプ レイとで好みが別れたりもするが、この自叙伝に触れることで アート・ペッパーというジャズマンに対する思いが変わるかもし れない。アートの方が少し年上ながら同じ時代を生き、共にウ エスト・コーストで活躍し素晴らしい共演作も残しているチェット・ ベイカーの生き様にも通じるものがあるが、こんなにまで破天 荒にジャズマン人生を貫く男達はもう出て来ないだろう…。



シナノン: シナノン(Synanon) とは米国カリフォルニア州サンタモニカに ある薬物中毒者のためのリハビリテーション施設で、アートは 69~71 年の間をこの場所で過ごしたが、他にもジャズ・ミュー ジシャンではフランク・リハク、ジョー・パス等が入所していた。



アートと日本
1977 年の初来日以来81 年まで5 度の来日を果たしたアー トは大の親日家としても知られ、自叙伝『ストレート・ライフ』 でも日本について語られている。初来日の演奏は『ファースト・ ライヴ・イン・ジャパン』で、最後の来日公演の演奏は『ア バシリ・コンサート1981』で聴けるが、その間の78 年には 妙中俊哉氏プロデュースにより『再会(Among Friends)』を リリースし、80 年には石黒ケイの『アドリブ』に参加している。


バイオグラフィー

1925 年9 月1 日米国カリフォルニア州ガーデナに生まれる。本名はアーサー・エドワード・ペッパー・ジュニア(Arthur Edward Pepper, Jr.)。9 歳からクラリネット、12 歳からアルト・サックスを始める。42 年にガス・アーンハイム楽団、翌43 年にリー・ヤング楽団、ベニー・カーター楽団に参加。私生活では10 代後半の43 年に最初の結婚をし娘を授かるが、ドラッグにも手を染めてしまう。44 年にスタン・ケントン楽団に入り、ソロイストとして活躍。同年軍隊に入隊するが、47 年
の除隊後に再びスタン・ケントン楽団に再入団し、52 年まで在籍する。この間に飛躍を遂げ、51… 続きを読む

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