杉本博司氏の本を手に取るのはは3冊目。私個人の意見では、文中にはいくつか深い洞察から来る示唆に富んだ言葉もあるが、どの本も一貫性がないと言ったら失礼だが、流れがない。
とても知識豊富で頭の良い方なので、宗教、科学、芸術を歴史的観点から紐解き、その深みを追求する形になっているが、その知識と世界についていくのが容易ではない。一言で言ってリーダーフレンドリーな本ではないのである。古文や漢文の素養、豊富な歴史の知識を要し、相応の教養がある人は別にして読了には体力がいる。
様々な場所や古美術、人名や年号などにも補足がないので頭でイメージしづらく、また多面的ななテーマが一つの5ページほどの小エッセイに混在し、このエッセイのテーマはいったい何だっけ???と途中で何度も考えさせられ、正直スっと頭に入ってこない。
たとえば(これはまだ理解しやすいパートだが)、鸚鵡、デュシャン、ボーヴォワール、シドニー・ビエンナーレ、明治憲法、水銀球、共振変圧器、テスラコイル、ニコラ・テスラ、マイケル・ファラデー、ファラデーゲージ、タルボット、ベンジャミン・フランクリン、雷神像、北東アーネムランドのミワジ地区、ヨルングの人々などなど、これが3,4ページに出てくるのである。西洋、日本、近代、現代などの事象が怒涛のように襲ってくるので、これをイメージして読み進められる人がいったい日本にどれ程いるのだろうかと思う。その上、画像や地図、脚注、ふりがななども少ないのである。
他の本でも賞賛以外のレビューはほぼないが、こういう本をただ賞賛だけして良いのだろうかと思う。 私自身はどの著書も同じような印象で違いが明確でないと感じる。 一般的な芸術家としての評価(特に海外での高い評価)に引っ張られているだけで、本そのもののレビューを書いているのだろうかと疑わしい。
写真や装丁が良いと書く人もいるが、それは芸術家なので当たり前でそれであれば作品集、写真集でいい。
文章中心の本で出版をするなら、いくつも徒然なるままに持っている知識を並べ立てるのは控え、自身の中にある考えを表明する場合はもっと論理と筋道があるものにして欲しい。そうしないと本人が好きだと書いていて意識しているという落語でいう”落ち”は殆ど見えてこない。そしてユーモアもあまりないので、正直、真面目すぎて疲れるのである。
こんな事を書いたが、芸術家としての著者の事はとても好きである。写真だけでなく、科学や歴史の知識をいかした芸術を多方面で展開する著者の活動もとても素晴らしいものがある。テレビなどで見ていても人間的にもとても好感が持てる方であるだけに、著書での全体の構成の甘さや、エッセイとしての展開、帰結についてはやはりそれらに比べると見劣りするという感は否めない。